Framework

ワークフォースに関する捉え方は、時と共に大きく変化しています。レガシーな考え方では、1日7時間・週5日勤務で週35時間、月140時間、年1680時間働くヒトを1WF(ワークフォース)と定めていました。当時は定刻通りに働く正社員主体の組織が大半であり、「総WF=社員数×総労働時間数」というシンプルな算定方法でもそれほど大きな問題もなく通用したのです。しかし、働き方が多様化した現代では、1人=1WFと見なすことが難しくなりました。短時間勤務者、在宅勤務者、副業・複業を行う社員等、正味労働時間数の把握が難しい人や、新入社員や転職者、休職・休暇からの復帰者等、生産性の観点から一人前として取り扱うことが相応しくない人、あるいは社外から調達する代替労働力としてパートナーや外注先等が増加したことがその理由です。このような変化に対応するため、WFは人数ではなく、労働力そのものに基づいて算定する必要が出てきました。つまり、基準人員(S・A・B・C・D中のB評価者)が勤務時間通りに働いた時に提供する労働力を1WFとして、総WFを算定し直すことがワークフォースデザインの第一歩となります。

WF算定時の留意点は、成果創出に貢献したヒト全員の労働時間数とパフォーマンスを正確に把握することです。成果創出に貢献したヒトの対象は、自社社員をはじめ、パートナー、外注先、派遣・業務請負等、エコシステム全体となります。労働時間数に関しては、顕在化している残業時間数をはじめ、持ち帰り残業やサービス残業も加算しなければ正確な時間数を把握することができません。また、パフォーマンスに関しては、個々人の業績評価情報を把握して基準人員と比較して係数を設定し、基準人員換算することが必要になります。いずれも実態に即した正確なデータが必須です。

また、多様化した働き方を「雇用」「協働」「活用」という3つに大別して包摂する方法を考えることが必要になります。「雇用」は経営幹部とその候補生、「協働」は優位性を確立済みの外注先企業やビジネスプロフェッショナル等のパートナー、「活用」はマシン代替は難しいものの外注可能な業務を遂行する人材やポテンシャル人材、と定義付けて、組織編成することとなります。端的に言えば、経営のコアを担う雇用者が、経営機能を担う人を協働・活用人材から選び、連携してパーパス実現を目指すために最適化されたネットワーク型組織へと進化するのです。従って、企業の壁を越えた広大なネットワークに所属する関係者全員を対象としたタレント・マネジメントが必須となり、HRテクノロジーの活用を前提としたデザインが求められることとなります。

DX Impact Simulation

WFの現状把握後に直面するのがDXによるインパクトの試算です。WFの質量両面にわたる激変を予測することは簡単ではありませんが、幾通りかのシナリオを策定してシミュレートすることは可能です。ここではポイントを列記します。

Purpose

パーパスが曖昧な状態でWFをデザインすることはできません。自社のパーパスを検証し、必要なら改めてパーパスをデザインすることから始めましょう。長短の時間軸を行き来しながら検討を重ね、完成したパーパスから逆算して、いつまでに、何を、どのように実現するのかに関するシナリオを複数策定します。シナリオ策定と聞くと「標準・楽観・悲観」の3パターン・モデルをイメージするかもしれませんが、現在の経営環境ではまったく通用しないため、ディスラプターやゲームチェンジャーのような要因がいつ現れるのかに関する見通しを立てて、それに打ち勝つためのシナリオを策定することになります。不透明かつ不確実性が極めて高い仮説設定に基づく取り組みになりますが、ここを乗り越えなければDXのインパクト・シミュレーションには辿り着けないので、あらゆる知見を投入して策定しましょう。その後、各シナリオにおいて、中間目標となるKGIとKPIに落とし込みつつ、DXの進展に伴って、どのような人が必要になり、いつ、どのような方法で調達、もしくは流動化させるのかに関するマスタープランを策定します。このマスタープランを軸として、ケイパビリティ、ビジネスモデル、ピープル・カルチャ・組織、テクノロジー・プラットフォームの4領域10カテゴリにおけるインパクトを試算します。

Capability

BPRと既存事業デジタイゼーションに伴う余剰人員の削減が見込まれます。BPRに関しては、人件費削減を目的とした施策に留まらず、ベンチマーキングによる業務合理化に踏み込むことで、既存事業のビジネスモデルを強靭化します。また、既存事業デジタイゼーションに関しては、主にホワイトカラーの知的生産性向上に影響を及ぼすビジネスプロセスに斬り込みます。高度成長期以来「カイゼン」は多くの企業で実施されてきてはいるものの、その大半は製造領域と定型業務を対象としたもので、生真面目にコツコツ取り組むことを美徳とするカルチャとともに継続されているケースはよくあります。デジタイゼーションもその一環として取り組まれてきましたが、ホワイトカラーの知的生産性、とくに経営陣のそれをカイゼンする取り組みはアンタッチャブル化されてきた実態があります。トップマネジメントの生産性をデジタイゼーションによって更に高度化・強化することで、経営品質の向上に寄与します。なお、この取り組みによって新しい仕事のやり方に転換できない人や、能力が陳腐化した人に対するリラーニングやリスキル機会を提供して、配置転換や人的資本ポートフォリオの最適化に結び付けます。

Business Model

イノベーション&インキュベーションとデジタル・ビジネスモデリングに伴い、新規事業創造に長けたビジネス系人材と、ネクストテクノロジーに精通したデジタル人材の増加が見込まれます。前者は、ジョブ理論、ビジネスモデル・キャンバス、バリュー・プロポジション等の手法を駆使したリーン・スタートアップに秀でた人材です。既存事業のハイパフォーマーの異動で対処できることは稀であり、もし存在したとしても新規事業創造で成果を出せる適性があるとは限らないばかりか、成功体験があるがゆえにそれが足枷になることもあるので、社外からの調達を迫られると考えるべきでしょう。後者は、ビジネス・アーキテクト、プロダクトマネジャー、データサイエンティスト、エンジニア、オペレータ、サイバーセキュリティ・スペシャリスト、UI/UXデザイナー等の調達が必要になります。これらのデジタル人材は雇用難易度が非常に高く、大半の企業にとってハイパフォーマーを雇用することは不可能であり、協働による貢献を模索することが現実的です。しかし、このような協働体制を構築するうえで、デジタル人材をマネジする人材をCTOやCDXOとして確保することが必須であり、DXの成否の鍵を握る人材として相応しいスペックの人材を探すことを最優先しましょう。

People, Culture & Organization

デジタル・ヒューマンキャピタル(DHC:Digital Human Capital)の増加と、DHCに対するアトラクション、リテンション、育成の仕組み化(イネーブルメント)のデザインが急務になり、これらの司令塔となる人事部門のトランスフォーメーション(HRDX:Human Resource Department Transformation)が不可避です。DHCとは、連綿と受け継がれてきた企業独自のDNAと、デジタル先進企業の人材が有する特徴的な23要素を融合して育成するデジタル人材・ビジネス人材のことです。すべての要素を一気に融合するのは非現実的であり、事業特性や受け継がれてきたDNAによっては融合させるべきではない要素もありますので、DXの進展に伴って必要になる要素を適宜選択し、必要な時に必要なDHCを調達し、業績貢献してもらう仕組みをデザインします。しかし、期待通りのイネーブルメントをデザインするには、その司令塔である人事部門が、デジタル・ビジネスモデルやネットワーク型連携組織のマネジメント基盤をデザインできる機能を有することが必須です。人事機能を検証した結果、必要であればHRDXに取り組み、CHRO、HRBP、CoE、HR Opsという役割を担う人材を調達することになります。そのうえでイネーブルメント改革に取り組むことになります。

Technology Platform

最も拡充が見込まれると同時に、最も調達することが困難なのがテクノロジー系の人的資本です。ハイパフォーマーの貢献を期待するなら、オンデマンドでの協働関係を構築することが現実的です。そして、彼らを統括し、マネジメントできる人材をCTOもしくはCDXO等の司令塔に据えることが必須となります。労働市場における希少価値から、企業によってはCEO以上の高額な人件費になりますが、甘受せざるを得ないのが実情です。このような体制を構築したうえで、下記4つの分野におけるプロフェッショナルを配置します。

Analytics

現実世界で収集したデータをデジタル空間でシミュレートし、そこから導出した近未来予測を再び現実世界にフィードバックしてオペレーションを高度化、その結果を再びデジタル空間にて更に精緻なシミュレーションに役立てる、というアナリティクスの構造を構築するには、データサイエンティストの貢献が不可欠になります。プロフェッショナルであるがゆえ、専門分野ごとに人員が必要になりますが、その際は専門分野に精通していることはもとより、関連分野にも知見を有することや、ビジネスの現実にも通じるセンスを持っていることも求められます。

Digital Supply Network

DSN(デジタル・サプライネットワーク)は、多様なサプライヤーで構成されるエコシステムを前提とした価値創造を実現するネットワークです。サプライチェーンを企業グループもしくは系列企業間の物流コストの削減という観点でとらえている企業にとっては、新たなバリューエンジニアリングへの転換となるDSNの構築は高難度な挑戦になります。DSN構築で必要となる「高度なサプライチェーン・マネジメントプロセス」「信用するに足るデータ品質を担保するデータ・クレンジング」「AIやブロックチェーン等のデジタル・テクノロジー」「デジタル・プラットフォーム」の4分野に通じるプロフェッショナルが必要になります。

IT Architecture

イノベーションやインキュベーションを支えるには、既存データ資産の活用、新規データの収集、アジャイル開発、つながりの構築という4つのテクノロジー基盤が必要です。そこで活躍してもらう人員は、デバイス開発、エッジコンピューティング、クラウドコンピューティング等の専門家、レガシーシステムを活かしつつ新技術・新開発技法に適応可能な構成に移行・変換するプロフェッショナル、DevOpsやCI/CDを含むアプリケーション開発基盤を用いるプラットフォーム・エンジニア、APIマネジメントの仕組みを構築するエキスパートです。彼らの調達とマネジメントが、イノベーションとインキュベーションというDXの要諦に大きな影響を及ぼします。

Cyber Security

デジタル・ビジネスモデルにおけるサイバーセキュリティの重要性はアナログ・ビジネスモデルのそれとは比較にならぬほど高まっています。コーポレート・ガバナンスとの整合性を取るエンタープライズ・セキュリティモデルとサイバーセキュリティフレームワークを活用し、トップダウンによるサイバーセキュリティ戦略を策定します。製品・サービスの企画・開発段階からセキュリティの脅威を洗い出す「セキュリティ・バイ・デザイン」というアプローチへの転換は、セキュリティ運用に終始してきたボトムアップ・アプローチに慣れた企業にパラダイムシフトを迫るものであり、トップ自らがリーダーシップを発揮するよう変わらなければなりません。専任部隊の編制、協働パートナー、プロフェッショナル育成、マネジメント体制等をデザインします。

Business Plan Scenario Simulation

パーパスに最速で到達する複数のシナリオをデザインしましたが、各シナリオにおける市場と環境変化要因を特定し、どのような不確実性とインパクトが起こり得るかを予測、それに対して自社のビジネスモデルをどのように対応させていくかをシミュレートします。数値の精緻性に拘ることは不要ですが、ベンチマーク相手や業界平均値等に基づいて現実味のある内容にしましょう。例えば、KGI、KPIの設定、それを達成するうえで障壁となるワークフォースにおけるボトルネック及びその解決方針、人員数、調達方法、マネジメント施策等について考えを取り纏めます。

Monitoring Design

DXの進展状況、必要となるWF、KGI・KPIの達成状況を常時モニターできるダッシュボードをデザインします。ダッシュボードは計画の進捗や異常値等の問題発見に役立つものであり、BIとタレントマネジメントツールを活用すれば、比較的手間なくデザインできるので導入することを推奨しています。次に、問題解決のためのマネジメントサイクルを整えます。レガシーなPDCAサイクルに加え、アジャイルな対応が必要な場合にはOODAサイクルの導入も検討しましょう。デジタル・ビジネスやイノベーション&インキュベーション、リーン・スタートアップとの親和性が高いOODAサイクルで、矢継ぎ早に手を打つことが可能になります。現実のソリューション適用に関しては、自社内にソリューションがあればそれを活用すればよいのですが、それがない場合には、既に特定分野におけるプレゼンスを確立済みの社外協働パートナーから調達することを推奨します。

Other References

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EX
EX(従業員体験)
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HRDX
HRDX(人事部門変革)
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Human Capital Investment
人的資本投資(旧人件費)
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Human Capital Management
ヒューマンキャピタルマネジメント
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OX
OX(組織変革)
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People Analytics
ピープル・アナリティクス
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Workforce Design
ワークフォースデザイン