Generative AI
Outlook
人間が書いた文章や言葉を学習して次にくる単語の予測を繰り返して人間と同じような文章を作れる大規模言語モデル(Large Language Model、LLM)の進化が、コンピュータの利活用が苦手だった企業や個人に福音をもたらしました。プロフェッショナルでなければ手を出せなかったITアーキテクチャの構築や、データ・クレンジング等の事前準備の手間を大幅に軽減することが可能になり、その気になれば誰でも気軽に生成AIを扱うことができるようになったのです。2022年11月、OpenAIがChat-GPTを公開すると、世界中で一気に利活用されるようになり、Google、Amazon、Meta、Microsoft等のビッグテックをはじめ、生成AIの開発競争が一気に激化しました。市場は爆発的に拡大し、2027年には1200億ドル(約17兆円)かそれ以上の規模になろうかという勢いです。
生成AIを利活用すべき場面は、文章やデザイン、コミュニケーション、シミュレーション等であり、データ集計や計算等にはマシンラーニングベースのAIを用いることが基本方針となります。銀行、金融、保険、コンシューマ、ヘルスケア、メディア、公共セクター、産業材、エネルギー、電気通信等、情報処理やコミュニケーションの質と量が成長の鍵を握る業界における生成AIの利活用は、大幅な伸長が見込まれています。
金融においては、経営判断や新サービスの開発、顧客提案、営業シナリオ及びツールの作成等が考えられます。既存顧客へのクロスセル・アップセル提案等、パーソナライズしたプランの自動作成も期待できます。医薬品メーカーでは創薬分野での利活用が見込めます。膨大なデータベースの中から効果が期待できそうなものを探し出すことをはじめ、データ解析、薬効成分の組み合わせのシミュレーション等に活用できます。テクノロジー業界においては、プログラミング開発支援、ノーコード開発、検索機能等で大変革をもたらすでしょう。複数キーワードを入力して検索しても期待通りの情報にスムースにアクセスできない事態は、ほとんどのユーザーが経験していますが、生成AIに最適なコンテンツを見せるよう指示したプロンプトを書き込めば、要望に最もフィットする情報を提示します。各社のHX/CXに与えるインパクトは計り知れず、カスタマージャーニーのリデザインにもつながっていくでしょう。リテール業界においては、消費者が自分のニーズをプロンプトに書き込めば、世界中の店舗やネットからニーズにフィットする最適な商品やサービスを選択、購入、配送まで一気通貫で提供できる仕組みを構築できる可能性が拡がります。食料スーパーの場合、顧客の自宅キッチンに調理用ロボットと自動食器洗浄ロボットを設置すれば、食事にまつわるほぼ全ての家事が自動化できます。GMS等の場合、これに加えて掃除や洗濯等のロボットも同時に設置すれば、手間がかかる家事のルーティンのほぼ全てを自動化することさえできるようになる可能性があります。顧客のウェルビーイングに貢献できることは、リテール企業のパーパス実現にもつながるでしょう。
当然、人間の働き方にも大きなインパクトをもたらします。ホワイトカラーの働き方は一変します。経営判断や合意形成、取引先との交渉、顧客への提案活動等にまつわる会議、資料作成、提案書作成、ネゴシエーション等における集計作業、事務作業をすべて生成AIに担わせます。集計作業や事務作業から解放されたマネジャーは、価値創造に没入できるようになるのです。しかし、この状況は、高難度な価値創造という仕事で成果を出さなければ、そのマネジャーの存在意義がないことを意味するので、成果を出すための資質や要件が求められることになります。資料作成や根回しに長けることとは明らかに異なる資質や要件の習得は簡単ではなく、相応の成果を創出できない人は入れ替えることとなるでしょう。マネジャーが価値創造のために注力する仕事は5つです。
- リーダーシップ:PMVV(Purpose, Mission, Vision & Value)のデザインと明確化
- レビュー:生成AIの成果物のファクト&リーガルチェック
- 洞察:インサイトの導出、言語化、共有化
- マネジメント:目標達成上必要な行動変容の実行
- フィードバック:行動結果を入力し生成AIの精緻性向上に貢献
次に、5つの仕事で価値を創造するために求められる資質や要件は3つです。
- ストラテジック・シンキング:物事を戦略的に考えるのではなく、戦略的に物事を考える力
- クリティカル・シンキング:論理的・構造的に考える力
- フレキシビリティ:急激かつ振れ幅が大きな変化に対する力
そして、生成AIを駆使する人が具備すべき知見やスキルは6つです。
- プログラミングスキル
- 生成AIのアルゴリズムと手法の理解
- 基盤モデルのトレーニングと検証
- 生成AIモデルの微調整
- サードパーティモデルの知識
- プロンプトエンジニアリング
求められる仕事と成果が変われば、必要な資質、要件、知見、スキルが変わるのは当然です。しかし、すべての人にとってこの急激かつ抜本的な変化に対応することは容易ではありません。さらに、かつて経験したパラダイムシフトのスピードとはまったく次元が異なる早さで対応せざるを得ないという現実が、働く人に対するプレッシャーをより一層大きなものにしています。マネジャーにはスタッフよりも高度な水準が要求されることとなり、ITリテラシーを備えていないマネジャーは、いくら過去に傑出した実績を誇る方であっても、これからも同じポジションを占めることはできません。その結果、人の入れ替え、新規調達、配置転換、社外プロフェッショナルやネットワークとのコラボレーション、組織構造のリデザイン、コア人事制度改革等にも大きな変革が迫られることになるでしょう。
しかし、最大のインパクトはビジネスモデルにもたらされます。生成AIを他の仕組みと連携させれば、DXが実現できる可能性が高まるのです。つまり、自社が所属するエコシステムにおいて担っている役割と機能、価値創造のあり方を再定義し、AIで自動化するプロセスと人間が働くプロセスを改めてデザインし直すことによって、デジタルビジネスモデルへのトランスフォームが加速できます。先述したリテール業界のように、ビジネスプロセスの水平展開や垂直統合等も視野に入れてビジネスモデルを刷新すれば、レガシーなビジネスモデルに拘泥する競合に先んじることが可能になり、優位性の確立が現実味を帯び、パーパス実現を視界に捉えることができるのです。
では、生成AIをビジネスモデルに導入するためのポイントについて考えます。
- ストラテジー
生成AIは、価値創造に最も効くプロセスに適用することが原則です。そして、成果を出せた理由や原因を確認して、他社との差別化を図ることができるユースケースを特定し、戦術に結び付けます。この時、性急に直近目標を目指すだけでなく、パーパス実現へのクリティカル・パスを辿っているかどうか、事業承継や投資計画という長期的な視座に立つことも不可欠です。 - トライアル&ラーニング
できる限り早くトライして価値創造に資するか否か評価すると共にノウハウを集積します。また、生成AIにつきもののハルシネーション(もっともらしい誤答)問題に対応、学習を積み重ねて活用の精度を高めます。この好循環の仕組みを構築できたら、設定目標の明確度、プロンプトエンジニアリング、評価検証に取り組みましょう。 - コントロール&マネジメント
生成AI導入及び活用推進組織を設置し、必要な権限と機能を付与します。活用するテクノロジーの見極めをはじめ、ルールの取り決め、データ管理、利用促進、成果評価、検証と改善等を管掌させると共に、推進責任を課します。司令塔が組織に睨みを効かせることで、野良ロボットが乱造されたRPAの二の舞になることを防ぎ、生成AIのノウハウを集積できる体制を構築することが重要です。生成AIは、学習するコンテンツの質と量が成果の品質に大きな影響を与えるため、ファクトチェックをはじめとする検証もされていない筋の悪いコンテンツを誤って学習させてしまうと、軌道修正が簡単ではなく、こういったトラブルを回避するためにも、管理組織を設置することが必要です。 - 信頼創造
生成AIの成果物に対する信頼を獲得するためには、成果物のインプット、スループット、アウトプットだけでなく、最終的に廃棄に至るまでの全プロセスを管掌することが求められます。倫理面、著作権をはじめとする法規、公序良俗に反すること等、信頼を毀損する恐れがあるものを排除する仕組みを整えましょう。 - ガイドライン
生成AIは、価値創造に最も効くプロセスに導入することが原則です。この原則に基づいて、重要な戦略領域には積極的に活用する一方、キラーテクノロジーが特定されていない領域や、価値創造にそれほど寄与しない領域においては、社外コラボレーターを活用する等、ガイドラインを定めます。RPAやロボット等、自社開発よりコストパフォーマンスに優れた市販品がある場合は、それを活用することや、活用タイミングに合わせて必要なツールを取捨選択することで、モレ・ムダのない投資を行い、価値創造を実現します。
これらの検討を踏まえて、生成AI領域で取り組むべきテーマを3つあげます。
1.競争優位性の強化
優位性の源泉を人間が担うことは不変ですが、人間は、先入観や常識、慣習等によって無意識のうちに枠にはまった考え方と行動に囚われています。人間には想像もできないようなことを軽々とやってのける生成AIの特性を活かして、新たな源泉を創造しましょう。また、生成AIが機械学習AIやロボットに指示を出し、それに従って機械学習AIやロボットがオペレーションを実行すれば、ホワイトカラーだけでなく、ブルーカラーが担っていた業務にも大きな変革を起こすことが可能になります。生成AIによって徹底的に効率化されたビジネスプロセスにおいて、人間は価値創造と強みを伸長させる仕事に注力し、それ以外の仕事はAIとロボットが担うように変革すれば、生産性を一気に引き上げることが可能になると考えます。現在の強みを更に伸長させるための活用ポイントについて、ビジネスプロセス別にまとめました。
- R&D:バイアスを排したアイディアの創造
ビッグデータを利用して様々な知見の掛け合わせをマシンラーニングや統計手法を活用して担わせることにより、人間では考えつかなかった新たな素材や製造物を開発させる - 製造・品質管理:人間の五感と感性の重視
蓄積された知見やノウハウが優位性を持つ分野では、研究者や職人の知的生産性向上のために生成AI、従来型AIやロボットを活用する - 購買:高品質かつ最低価格での調達
サプライネットワークからの調達・購買を自動化することにより、常に最安値で原材料を買い付け、オンデマンドで調達できる仕組みを構築する - マーケティング・セールス:CJリデザインによるHX/CX革新
マーケティング・アナリティクスを導入して精度を引き上げ、カスタマージャーニーを最適化すると共に、生成AIが策定したセールス活動に則って人間が実行する - 物流:スピード、品質、コストの最適化
販売時点で最も早く確実に配送できる手段の選択、発注、発送までを一気通貫で手配できるロジスティクスを構築する - メンテナンス・サービス:きめ細やかなヒューマンタッチの支援
重要顧客からの意見をフィードバックするのは人間に任せ、その情報を生成AIに再度読み込ませることでエヴァンジェリストやアドボケーターを育成する - バックオフィス:意思決定支援と効率化
生成AIが従来型AIとロボットに経営情報の収集・分析を指示し、経営ダッシュボードを生成、その結果に基づいて人間が意思決定を行う
2.データ・ストラテジーのデザイン
AIの生命線がデータである以上、良質なデータを大量に読み込ませる環境整備は不可欠です。ベースレジストリ(マイナンバー、事業者ID、土地台帳等)の早期整備とその利活用は日本のデータ戦略の要とはなっているものの、各業界におけるデータ標準化は未だ緒に就いた段階であり、旗手も曖昧で、国も未だ民間主導での整備を期待しているようにも思えます。自社で収集するファーストパーティ・データの品質向上を図ると同時に、高品質なサードパーティ・データの収集、蓄積、アーカイブ化、オープン化等に取り組むことも必要です。高品質なデータを集積・分析できる仕組みを素早く構築し、トライアル&ラーニングサイクルを高速で回すことができる企業が、優れた生成AIの利活用で他をリードできる可能性が高くなると考えます。
3.ベストプラクティスの構築
自社の強みを発揮できるドメインにおいてデータの標準化を進め、利活用を徹底することにより、業界標準となり得る成功事例を創造しましょう。その際、挑戦できるステージを用意する必要があります。例えば、イノベーションを創発させるために不可欠なビジネスモデルである顧客開発モデルを採用し、アジャイルな働き方で成果を創出させるのです。小さな成功を積み重ねる過程で、生成AIの精緻性をブラッシュアップできれば、競争優位の確立への道筋が見えてきます。DXに苦戦中の企業にとって、生成AIは劣勢を覆す数少ないツールになり得るだけに、自社と他社、テクノロジーの発展等の諸状況を見極めながら取り組むことを推奨します。