DXとはなにか
前稿で中小企業におけるデジタル経営改革の推進プロセスについて概観しました。本稿「デジタル・トランスフォーメーション」以降、「マーケティング」「新規事業開発」という3つのケースに関する概観を始めます。プロローグ編をまだご覧になっていない方は、デジタル経営改革の全体像を把握するためにもお時間のある時にお目通しください。
デジタル・トランスフォーメーション(Digital Transformation:以下DXと表記)とは「デジタル・テクノロジーをフル活用して競争優位性を創出する構造改革」のことです。「トランスフォーメーションとは何か」については「トランスフォーメーションのKSF」シリーズで概観した通りですが、「デジタル」がつくDXに関するご質問が増えてきたこともあり、本稿で改めて概観します。
DXの必要性と意義
なぜ業務改革ではなくDXなのか
現在のビジネス環境は、ゲームそのもの、ルール、ツールが入れ替わり立ち替わり現れては消え、勝者と敗者が一夜にして入れ替わっても何ら不思議ではない様相を呈しています。勝ち残るには、デジタル・テクノロジー の正確性や効率性、精緻性、ハイスピード等を、競争優位性の強化に結実させ、激変する環境に適応し続けなければならないのです。
「業務改革」ではなく「トランスフォーム(変態)」という言葉を使う理由もここにあります。前者が比較的変化が小さな経営環境下で、長期展望に基づいて短期的な成果を出すのに対し、後者は、激変する経営環境下で短期的な成果を積み重ね続けることで中長期展望を描き出す経営構造の抜本的な大改革を意味します。一筋縄ではいかないオオゴトとして認識すべきなのです。
競争優位性を強化するDX
DXは「顧客」「業務プロセス」「プラットフォーム」の3本柱で構成されています。デジタル化でマーケティングの精度が飛躍的に向上すると、真の顧客の特定や新たなニーズの発掘、新製品開発へのフィードバック等が期待できます。また、顧客関連データを適切にマネジメントできることにより、優れたサービスクォリティでスピーディに対応できるようになります。
業務プロセスにおいては、デジタル化により大幅なコスト削減が実現できます。ブラックボックス化しやすいオペレーションに潜むムダをなくし、プロセスの合間に埋もれて誰も担当していなかった業務が炙り出され、望ましいプロセスへと改められます。削減工数は付加価値創造に投入できる訳ですから、新たな成長エンジンを手にできる可能性も高められます。
プラットフォームにおいても大幅なコスト削減が可能です。複雑怪奇な様相を呈する旧プラットフォームを新たなテクノロジーで構築することで3割程度、業務プロセスのそれと合わせれば5割程度のコスト削減を実現しましょう。こうしたアプローチによってIT関連のROIも明らかになり、適切にマネージできるようになるのも経営にとって大きなメリットになります。
DXの3つのターゲット
顧客体験
拙稿「マーケティングはWow!を創造する果てしなき旅」のカスタマー・ジャーニー(CJ)の件りで述べたように、現代のカスタマーはWow!体験を貪欲に欲します。「認知→訴求→調査→行動→推奨」というCJの全ステップでWow!を堪能したいのです。Amazonの「オススメ」やFacebookの「知り合いかも」に接した顧客体験(カスタマー・エクスペリエンス:CX)を想起すればお分かりでしょう。
AmazonやFacebookがデジタル・テクノロジーを駆使してこれらのCXを提供していることはご承知の通りです。同業他社が彼等を上回るCXを提供しようとするなら、果たして何億ドルの投資が必要なのでしょう。ビジネスにおいて勝ち目のない挑戦は禁物です。DXは、他の追従を許さない素晴らしいCXを提供するための強力な源泉になります。
オペレーション
オペレーションにおける普遍的課題は最適化・高効率化です。RPAを見てお分かりのように、反復的に発生する定型業務を早く正確に大量に処理する力は人間よりテクノロジーの方が優れています。付加価値を創出しない定型業務をテクノロジーに任せ、削減できた工数を付加価値創出業務に投入すれば、成長のチャンスが拡がります。
オペレーションのデジタル化は、ビジネスモデルの変革ももたらします。従来コストセンターだったコールセンターにSFA(Sales Force Automation, 営業支援システム)を導入し、死に筋顧客に対するセールス機能を持たせた結果、リピート率が向上、アップセルやクロスセルによる売上等が大幅に伸び、見事にプロフィットセンター化した例もあります。
プラットフォーム
第一に、ITプラットフォームにおける選択と集中及びコスト削減です。プラットフォームの選択が運命の分かれ道なのは明らかですが、覇権争いが絶えないテクノロジーを適切に評価し、導入・活用することは難しいものです。リアルタイムで変化する顧客関連データを活用できるプラットフォームはどうあるべきか、古いメインフレームの取り扱いをどうすべきか等を検討しましょう。
第二に、デジタル人材によるケイパビリティの創出です。新たに導入するテクノロジーに通じた人材、例えば、クラウドコンピューティング等の新規テクノロジーを評価できる人、データサイエンティスト、ユーザーエクスペリエンス(UX)やユーザーインターフェイス(UI)のデザイナー等の採用・育成が必要です。人材不足が叫ばれる中、これらの人材の囲い込みは競争力強化に役立ちます。
DXを阻む4つの難題
変化受容
改革において最もポピュラーな阻害要因です。改革が抜本的であればあるほど変化を受け入れ難くなるのは人の常でしょう。特に新旧ビジネスモデルの衝突による損失を懸念する抵抗勢力の対処には留意が必要です。一見理路整然とした抵抗の裏に潜む心情をケアしながら、改革による機会発見と価値創造の可能性をロジカルに説明して理解を得ていくことが肝要です。
ロードマップ策定
実務上最初に直面するのが「何からどう手を付ければいいかわからない」ことです。DXは短期的な成果を積み重ね続けて構造改革への最短ルートを辿ることが必須なので、利害が対立しがちな個別プロジェクトの整合性を取ったり、部門を超えて調整すべき諸問題を取り扱う専任機能として、社長直轄のPMOを設置して策定しましょう(PMOについてはこちらをご参照ください)。
オペレーションデザイン
DXでは、現時点のテクノロジーで実現しうる最高水準のオペレーションの構築が要求されます。要件定義に基づいて必要なデータを特定、社内収集あるいは生成可能なデータは勿論、ないデータは社外から入手してでも挑戦しましょう。留意点はデータ授受にまつわる緊密な連携をどう実現するかです。日常業務の傍らでPMOの要請に応えることは簡単ではなく、何らかの報酬が不可欠です。
リアロケーション
贅肉をそぎ落とした筋肉質なビジネスモデルのケイパビリティを毀損しないように人材ポートフォリオの最適化を図ることは至難のワザです。省人化された部署から新たな付加価値を創造できる部署に異動させても成果が出るとは限りません。早期退職勧奨やセカンドキャリア支援等、現実的な解決策も準備しながら活躍できる可能性がある機会を提供して再配置を叶えましょう。
中小企業が独力で取り組むのは相当難易度が高いDXの概観はここまでです。トランスフォーメーションについてより深く理解したい方は「トランスフォーメーションのKSF」シリーズをご参照頂ければ幸いです。シリーズ第三弾となる次稿はマーケティング編、その後の第四弾は新規事業開発について概観予定です。ここまでお目通しくださり、ありがとうございました。
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