中小企業におけるデジタル経営改革vol.4〜新規事業開発編

デジタル経営

Hard Things だからこそ挑戦すべき

デジタル経営改革シリーズの最後は、中小企業の泣きどころ「新規事業開発」がテーマです。しかもデジタル領域におけるそれとなると戦闘前から意欲が萎えるかもしれませんが、アナログ時代の覇者をスタートアップが倒すジャイアントキリングを起こせる可能性が開けた今、ただ手を拱いているだけならそこで戦う資格などないのですから、意を決して挑みましょう。

中小企業の新規事業開発は経営者の専権事項というケースも多く、発案の大半は経営者によるものです。強烈なリーダーシップで攻められる利点はありますが、明らかな負け戦とわかっていても誰も止められず夢散ることが多い実態もあります。こうした実情を踏まえた上で、本稿ではデジタル領域における新規事業開発に携わった経験が少ない方むけに、推進方法をまとめます。

デジタル領域における新規事業開発の推進方法

実務は以下の4フェーズに分けて推進します。

アイディア・エントリー ~ 目指せ、50アイディア!

本フェーズの目的は、 ビジネス・アイディアを最低でも50案程度捻り出すことです。 検討には経営者と同じ目線と視野でアイディア出しできる方に加わって頂き、生みの苦しみをご堪能ください。 新規事業のビジョン、世の中に与えるインパクト、提供価値を定義し、なんの制約も設けず自由に発想すればできそうに思えるかもしれませんが、現実にはほぼ思考停止状態に陥ります。

アイディア出しの秘訣は制約条件の設定の仕方です。経営者はあれこれ発案しますが、全部中途半端に終わるだろうことは過去の経験から全員が痛感しているものです。「○○をやりたい」ではなく「××はやらない」と決めましょう。 ドメイン、テリトリー、ターゲット、全事業における位置づけ、市場投入時期、スケール、単体黒字化の時期等を決めると知恵を出しやすくなります。

留意すべきはテリトリーと全事業における位置づけです。前者は、中小企業だから地元、デリバリ体制もないけど一気にグローバルに打って出るという訳にはいきません。ボーダーレス特性、世界各国の法律や規制等を考慮して決めましょう。また後者は、事業開発方法と期待収益の多寡により、ポートフォリオ上にどう位置づけ、リソース投入等の取扱基準を定めることとなります。

ノミネーション ~ まず20案、最後は5案程度まで絞り込め

本フェーズの目的はビジネス・アイディアの絞り込みです。前フェーズで生み出した全てのアイディアに対して評価を尽くし、プロトタイプに絞り込む最重要プロセスです。CxO全員で構成する「アイディア評価委員会」を発足させ、集中討議を行います。

はじめに、アイディアの「ストーリー」について評価します。「事業の意義」「そのアイディアは理想と現実のギャップを埋められるのか」「なぜ今なのか」「全体の事業戦略との整合性はあるか」という4点で篩にかけるのです。重要なのは、数字や収益に関する評価は一旦傍に置いて、あくまでもストーリーの魅力度について評価することです。

ストーリーそのものを純粋に評価するため、発案者の属性情報を削除しましょう。良質なアイディアでも入社2年目のスタッフ発案だとダメ出しの嵐になり、杜撰なアイディアでも権力者発案なら賞賛されるのがフツーなのでこんな対策が必要になります。某社では経営陣4人計28案が全ボツという笑えない結果になりました(苦笑)。この段階で2〜30案程度まで絞り込みます。

2回目の評価委員会では、「ビジネスとして成立するか、儲かるか、トップを獲れるか」等、定量的に徹底検証します。テクノロジー、パテント、ヒューマンキャピタル等の優位性の有無、競合との力関係、ビジネスモデル、ビジネスプラン等の勝算はどの程度か、必要ならMVPも作って案件ごとに集中審議します。会社資金ではなく身銭を切る投資家として、冷徹にダメ出ししましょう。

なお、本フェーズで重視すべきはスピードです。ウィーン会議がごとく「踊るばかりで進まない」のは論外です。2回とも丸一日で会議の終わりに必ず結論を出しましょう。タイムテーブル通りに検討するには、ピッチ、シミュレーション、デモンストレーションの入念な準備は勿論、CxO自身にも投資判断に資する充分な知見が不可欠です。このプロセスを経て3〜5案まで絞り込みます。

リーン・スタートアップ ~ PFMで萌芽を育てよ

本フェーズの目的は、市場投入する新製品・サービスの開発です。スタートアップの手順に習い、ここでも「リーン」「アジャイル」「顧客開発モデル」のフレームワークを活用します。

リーンとは「無駄のないシェイプされたもの」を意味し、新規事業開発においてはMVPを指します。このMVPに対する市場の反応を見てビジネスの可能性を探るわけですが、顧客からのフィードバックの活かし方には注意が必要です。つまり、機能追加や高度化の要望を取り入れるのではなく、買ってもらうために必要不可欠な機能の絞り込みや磨き上げのために反応を見るのです。

アジャイルとは「素早く」の意味で、MVP開発手法を指します。不可逆的なプロセスを順序立てて進めるウォーターフォール型の手法とは違い、アジャイルは、たとえ失敗してもいいから、とにかくできる限り早く顧客の反応を知り、何を作れば買ってもらえるのか、必要なら何度でも方針転換(ピボット)して、成功するまで全速力で試行錯誤する仕事の進め方です。

顧客開発モデルとは「顧客ファースト」のビジネスモデルであり、「製品ファースト」の重厚長大産業が営々と築き上げたそれとは明らかに異なります。新規事業はできる限り早く顧客を獲得しなければ即死するので、MVP開発と顧客獲得を同時に実現しなければならず、それができるのは「顧客からの学び」にフォーカスする顧客開発モデルです(詳細は別稿参照) 。

以上の検討をクリアした複数案を市場投入するわけですが、このハードルが実に高いのです。それにいくら社内で揉んだと言ってもポッと出の新規事業がすぐ陽の目を見られるほど現実は甘くありません。頓挫するのが当然ですから、ひとつの案に命運を賭けるのではなく、複数案でポートフォリオを構成し、リスクマネジメントしながら育てましょう。

成長加速化 ~ キャズムを超えろ!

本フェーズの目的は、新規事業を軌道に乗せることです。顧客からの学びをMVPにすぐフィードバックして、新バージョンをすぐまた顧客に提供して次の学びを得るというサイクルを高速で回しつつ、競争優位の源泉となるであろう事業の有効性・効率性を高めるMAやCRMの構築を視野に入れた顧客獲得(マーケティング)施策を同時にブラッシュアップしていきます。

はじめに、顧客の属性、インタビュー内容、購買履歴、競合取引状況等、あらゆる情報をデータベース化して、LTV(Life Time Value;生涯価値)の極大化を目指すデータベース・マーケティングに取り組みましょう。新規顧客開拓よりMVPを支持してくれて以来の長いお付き合いになる可能性を持つ既存顧客から学び、将来的には深耕するために不可欠な仕組みを構築するのです。

次に、自社と何らか接触する前段階の見込客に見つけてもらう施策が必要です。ネット検索で上位表示できるSEOやSEMは勿論、エンスージャストやインフルエンサーのインスタをはじめとするSNSへの掲載を促す座談会やイベント等を仕掛ましょう。その際、情報発信はインスタとTwitter, ファンとのコミュニケーションはFacebook Page という用途に応じた使いわけも大切です。

見込客との接点ができたら、すぐ素晴らしいCXの提供をはじめましょう。ここでは、CJの各ステージの見込客ごとにフィットするコンテンツをカスタマイズしてタイムリーに提供することが必要です。VR、ARを駆使する強力な競合との差別化を熟考し、オリジナリティ溢れる手を打ちましょう。デジタルツール全盛時代が故に、アナログな手を混ぜると意外に効き目があります。

締めは顧客向け施策です。お試し買い顧客をリピーターに、更に新規顧客を連れてくるアドボカシーやインフルエンサーに育ててLTVの向上を目指します。より上位品の購入を促すアップセル、別アイテムの購入を促すクロスセルの提案のほか、セレブリティ限定のキャンペーン、イメージアップ戦略、新作優先購入権の付与等、購買意欲とロイヤリティを高める施策が奏功します。

中小企業にとって、デジタル領域における新規事業開発が高難度な取り組みであることは事実ですが、アジャイルなリーン・スタートアップなら中小企業のほうが大企業より上手ですし、デジタルネイティブの柔軟な発想と思考を十二分に活かすことができれば、勝機を見出すことができます。ひとつでも多くのデジタル新規事業が中小企業から生まれますことを祈念して、終わります。

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