人がいない。もう少し有り体に言うなら「最低賃金をギリクリアする程度の低賃金で馬車馬のように長時間(当然サビ残)働いてくれて、特定の分野でプロフェッショナルレベルのスキルを持ち、マルチリンガルで社内人材のお手本になるような超ハイスペ人材」がいない、のだ。
何をか言わんや、である。日本全国、お近くのハローワークに行けば、この種の異常な求人を見ることができる。人材獲得を巡る日本企業の周回遅れもここまできたかというディストピア感を禁じ得ない。求人倍率の高止まりの背景にはこんな実態もある。
一方、マトモな中小企業がマトモな条件を提示してもマトモな人が採用できない現実もある。できる範囲内で精一杯の待遇を提示をしても採用できないので、人事担当者も頭を抱え、外国人採用や研修生の導入等にも取り組む等、努力していることだろう。
また、せっかく採用できても、退職リスクに常に怯えていなければならない。仕事内容は勿論、勤務地、勤務時間、待遇、評価、やりがい、福利厚生、人間関係等に気を配り、不満が鬱積しないようケアし続けたとしても、勤続してくれる保証はないし、辞める時はあっさり辞めていくものだ。
しかし、このご時世で本当に人を採用しなければならないのだろうか。
今こそ本当のリストラをしよう
日本ではリストラ=人員整理として定着してしまったが、本来の定義は「業態再構築」 である。いわば儲かる仕組みを作り直すことであり、不採算事業の撤退や成長分野への進出、ビジネスプロセスの再構築、経費削減等、経営効率を高めて業績向上を実現することだ。
この観点に立てば、人が足りないから採用するというのは思考停止であり、少子化傾向が続くことは明らかなので、少ない人員で儲かる仕組みに変えることを考えるべきだ。昭和時代のように個々の労働強度を上げるのではなく、下げる方向で変革を計画しよう。
端的に言えば、ひと握りのコア人材、少数の業績管理マネジャー、職務ごとのコントローラー(ロボット&派遣社員、業務委託、クラウドソーシング、その他外部協力者の管理)で仕事がまわるよう、ビジネスプロセスを再構築するのだ。その際のポイントは、人じゃなければできない仕事、人じゃなくてもできる仕事の切り分けだ。
AIやRPAをはじめ、BI、ERP、SFA、SFE、CRM、SCM、HR-Tech、グループウェア等の各種ソフトウェアを活用すれば、非定型業務の一部と定型業務は自動化できる。人がこれらの仕事を一定以上の水準でできるようになるまでには、採用、教育、定着、人為的ミスによるインパクト等のリスクがあるが、自動化業務なら、データエントリや機械学習の命令をミスしない限り安定運用できる。イニシャルコストこそある程度の負担はあるが、ランニングコストは人件費に比べれば微々たるものであり、疲れ知らずで文句も言わず昼夜を問わず活動し続ける。積極的に投資しない理由はない。
これによって空いた工数を、人じゃなければできない仕事に投入するのだ。ビジネスプロセスの再構築により、部門間の壁が消え、異なる職種同士が同じチームになることや、R&Dが営業に出たり、間接部門がプロフィットセンター化する等、様々な変化が起こり得る。これがイノベーションの源になるのだ。
「雇用で縛る」から「協働で繋がる」へ
さて、本来の意味でのリストラを遂行しつつ「雇用」について再考しよう。人を雇うこと、とりわけ正社員雇用に関して、日本企業は長い間頑迷なまでにこだわり続けてきた(一瞬で捨て去ったが)。昭和の頃は終身雇用が一般的だったこともあり、少々嫌なことがあっても、我慢していれば良い目に遭えた人も多かった。
だが、当時の雇用システムが曲がりなりにも機能してきたのは、人口ボーナスによるところが大きい。市場は右肩上がりに成長し、モノを作れば売れ、業績向上が賃金上昇をもたらし、可処分所得の伸びがさらなる消費につながるという好循環があったからこそ、終身雇用と新卒一括大量採用が成り立った。
今は違う。
「失われた20年」が企業の体力を削ぎ落とし、平均年収は20年で1割減、デフレは止まらず終い。踏ん張りきれなくなった企業が次々と雇用に手をつけ、今では全労働者のほぼ半数にまで非正規社員が溢れかえる有様だ。バブル世代だけでなく30代でも容赦なく追い出し部屋送りになることも増え、採用はしたものの、期待通りに業績貢献してくれなかった人を打ち棄てるかのようだ。
また、今の企業が求める人材は非常にハイスペックだ。受入体制が整えば、フツーの日本人より日本語が堪能なハイスペ外国人留学生を優先採用する企業も珍しくない。各社とも採用したいハイスペ人材にはオファーが集中するため、人材獲得競争に打ち勝てる企業はひと握りの企業しかない。大金を投じても採用できる保証はないし、入社後の活躍も保証されているわけではないのだ。
にもかかわらず、人を採用したいとは?
いい加減、人を抱え込むことの呪縛から解き放たれる時だろう。「人様を一生面倒見続ける『雇用』」というガチガチな労使関係ではなく、「経営環境が激変する中、人様の一生面倒を見ることは到底無理なので、必要な時に条件が合えば『協働』してほしい」という緩やかで対等な繋がりへと転換すべきだ。
人手不足ゆえ、優秀な人ほど自社に縛りつけたくなるが、あえていつ辞めてもいい仕組みに転換する。社員の出入りを自由化し、辞めるも出戻るも大歓迎すればいい。全ての人には仕事と職場を選ぶ権利があり、尊重しなければならないし、需要と供給が一致し、条件に合意できれば協働すればいいのだ。
こうした柔軟で緩やかな繋がりで企業も人も困ることはほとんどないはずだ。最も懸念されるだろう守秘義務に関しても、契約で明確に線引きすればいいだけだし、違反即訴訟という抑止力は雇用関係よりも強い。
反対に、メリットは数え切れない。他社で得た知見や刺激を自社に持ち込んでくれるので、異なる視点から従来ビジネスを評価できるようになるし、内向きになりがちな目を外に向けてもくれる。それがイノベーションをもたらす可能性を拡げるのだ。
労働法体系の改正、複業当然という就業観の醸成、地域、業種、職種等のコホートごとに人材をプールするインフラ、職業紹介・斡旋・派遣・請負等の見直し、プロフェッショナル活用への習熟等、乗り越える壁は幾つもあるが、これらの因習を打破した先に未来が拓けると信じよう。
マネジメントはどう変わるのか
雇用から協働への転換は、マネジメントにも大きな転換をもたらす。
人に関するマネジメント
対象が社員に加え協働相手も含まれるように変わるので、コア人事制度(等級/評価/報酬/能力開発)をはじめとする全てのフレームワークが変わる。社内外の人を適切にマネジメントできるのは、1on1マネジメントしかないだろう。概要に関してはこちらの記事をご参照いただきたい。
協働相手のランク付け、評価基準と評価方法、報酬算定方式、能力開発支援等、どのようにデザインすれば魅力的なのか、知恵を絞ろう。カギはモチベーションの源泉への訴求力だ。イノベーションの促進と業績向上を実現するには、優秀な人材を惹きつけることが必須であり、報酬水準、評価基準、評価結果のフィードバック等を懇切丁寧にデザインせねばならない。
また、通常のマネジメントよりもプロジェクトマネジメントに重きを置こう。協働相手がプロマネの場合は特にそうだ。指導・育成はあくまでも経営幹部の仕事であり、協働相手には業務遂行に専念してもらえる環境を整えることが大切だ。なお、業務推進上不可欠な能力開発に関しては、直接OJTを受けるほうが合理的なので、その場合は相応の対価を支払う契約を取り交わそう。
業績に関するマネジメント
プロジェクト単位で業績評価を行える仕組みを導入することが必要だ。この点に関しては、各プロジェクトにおけるイノベーションを業績に結実させる仕組みとして、スタートアップ特有のビジネスモデルである「顧客開発モデル」を活用しよう。
全速力で試行錯誤を繰り返して成功の芽を見い出す必要があるイノベーションと顧客開発モデルの親和性は高く、従来のスピードとは比べものにならない早さで仮説検証やPIVOT(方針転換)ができる。従来のPDCAがDCAPの順になると言えば、イメージしやすいだろうか。起業や新規事業開発で定評あるこのビジネスモデルを転用すれば良い。
イノベーションの推進を通じた中長期的な業績向上を目的に定める以上、マネジメントが具備すべき機能はこれに資するものであらねばならない。このトランスフォーメーションはデリケートなテーマでもあり、実施上の難易度も高いので、社内推進よりコンサルタントを活用する方がスムースに事を運べるだろう。
なお、顧客開発モデルに関しては、別途改めて記事にするつもりだ。
この本を読んでみよう
ビジネスプロセス再考の前に、様々なビジネスモデル(儲かる仕組み)について広く浅く理解したいならお薦め。キャッシュを生むポイント、強みと弱み、進化の過程等がわかる。温故知新を再認識できるかも。個別のビジネスモデルを深く知りたくなったら参考文献をあたろう。前作「経営戦略全史」と合わせて読めば、なんとなく何かわかったような気がするが、実践の段になると途端に手が止まるのはやむなし。
そこでこちらを使ってほしい。スタートアップ向けにシンプルに書かれており、自社に当てはめて考察しやすいフレームワークを提示してくれる。なお、シンプルなだけにアウトプットしようとすると常日頃のインプットの質と量が問われる。現状のビジネスプロセスの分析結果を踏まえ、どう転換すべきか何度も書いては消して悶絶すること請け合い。「バリュー・プロポジション・デザイン 顧客が欲しがる製品やサービスを創る」も合わせて推奨したい。
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