迫り来る外資の採用攻勢
働き方改革諸策が冷ややかな目で見られている。ホワイトカラー・エグゼンプション、裁量労働制、ワークライフバランス、ダイバーシティ、短時間労働、テレワーク、プレミアムフライデー等々、遅々として進まぬ議論に思わず鼻白んでしまう。
ビジネスプロセスはそのままで単に労働時間を短くしたら大変なのは自明だ。長時間労働を前提として築き上げた儲かる仕組みを、短時間労働で儲かるよう作り替えるのは手間も金もかかるので、企業としては二の足を踏まざるを得ない。
結果、働く人々にしわ寄せがいく。個人が工夫して成果をあげるよう迫られ、社外で奮闘せざるを得なくなる。労働強度は高まる一方、サビ残ゆえ給料も増えず、ヤル気も萎えるだろう。
だが、働き方や生き方を新たに問うという改革本来の趣旨を忘れ、政治家と官僚がパワーゲームに勤しんでいる間に、外資の人材獲得が進行している。
買われる日本人はひと握り
今後の労働者の年収は、新たな価値を創出する人は2億円、価値に貢献する人なら2千万円、価値を維持する活動に就く人は2百万円という3層に分かれるとかつて喝破した人がいたが、人材の市場価値相場ではそれが現実になっている。
パートナークラス
起業家やイノベーターが該当する。新しい価値を創造できる人材は市場と顧客を創り出し巨万の富と名声を得るので、それを我がものにしたい世界中の企業からオファーが殺到する。
起業・売却を繰り返すシリアル・アントレプレナーの場合、自分の軸足を定めながら数々の機会を活かして次々と価値創造に挑戦し、イグジットの暁にミリオネアになる可能性を探るだろう。その一方で、企業の枠内に留められることを良しとせず、適時適所で「起業こそ人生」という生き方を選ぶので、厳密に言えば常に流動性が高く、一箇所に留めおくことはできない。
企業を成長させて経営者になる起業家は、M&A等の誘惑には目もくれず、自らが信じる道をまっしぐらに突き進んで市場を確立・拡大し、世界の人々の暮らしを豊かにして雇用も生み出す。CVCを設立して後進の育成に勤しむ等、社会貢献にも積極的だ。このタイプの起業家を動かすのは、事業欲は勿論だが、「世のため人のためになる」という社会貢献にも携われるかどうかも大切であり、活動機会を提供できるグローバル企業が魅力的に映るだろう。
不遇をかこちながら長年R&Dに取り組み、技術革新を成し遂げ称賛を得た研究者等の場合、海外の著名研究機関や大学に招聘される例も多い。莫大な研究費があり、最新鋭の研究施設で切磋琢磨し合えるハイレベルな研究者達に囲まれる素晴らしい環境を魅力に感じる人を、何もかも見劣りする国内に留めおくことは事実上困難である。フェローや技術顧問、社外取締役等のポジションを用意して、社外に去った後でも良好な関係を維持したい旨を誠意を持って伝えるしかない。
このクラスは外資に「買われる」というより「パートナーとして手を組む相手」である。グローバルで活躍すべきであり、自社で活躍して欲しいのは当然だが、本人の事を考えるなら邪魔をすべきではない。どの道、経営者の手に余る相手なので、気持ち良く送り出そう。
マネジャークラス
業績創出を担う中堅層が該当する。成熟産業における経験15年程度の38歳エンジニア(マネジャー)の例を見てみよう。
この人を中途採用する場合、日系企業のオファーは、年収750万円、研究開発費枠2桁万円台前半、勤務地は工場内研究所、9時~17時勤務とのこと。エージェント曰く「業界中位レベル」へのオファーなので、なんとなく頷ける待遇ではある。
しかし、アジア系企業のオファーでは、順に1500万円、4桁万円台前半、フリーアドレス&テレワーク可、エンゲージした成果が出せれば勤務時間は一任という厚遇になる。さらに、専属通訳、家賃・水道光熱費、レンタカー、ハウスメイド等の全ての経費と、家族を含めた語学学校の授業料、日本へのエアチケット(ビジネスクラス、年4回往復)等、海外赴任に伴う諸経費で必要と認められるもの(応談)というパッケージも付与されるそうだ。
前途にあまり希望が見えない日系企業より、ハイリスク覚悟でアジア系企業への転職を考える人も多いだろう。SHARP、東芝の技術者流出を一概には責められない。
教育水準や専門性が高く、教養もあり、勤勉で我を張らず、素直で従順な日本人は、アジア系企業を中心に引く手数多なのだ。人材獲得競争で最もアツい戦いになる対象であり、最も引き留めに注力すべき対象である。
ワーカークラス
彼らのお眼鏡に叶わない大勢の日本人が該当する。彼らには作業者としての道が用意されてはいるが、その待遇は恵まれず、代替可能なアウトソーサー費用と同等の年収300万円に届かない水準に位置付けられるだろう。
長きに渡る賃上抑制のため、外資にとって実は人件費の安さでも日本の労働者は魅力的なのだ。低賃金で働く人達は、極めて高効率化されたビジネスプロセスに嵌め込まれ歯車の如く働かされる。かつて海外進出した日本企業が現地採用労働者にした事のブーメランだ。
日本企業が次々と後継者不在で廃業する中、外資で働く人達は今後も増えるだろうが、この階層に位置付けられないよう足掻かなければ固定化されてしまう。だが、ここに該当する労働者が最も多い。
外資に安い労働力として買われるが、代替労働力はいつでも社外調達できるので、引き留めないことは勿論、むしろ流動化させるよう積極的に働きかけるべきだ。
日本企業の対抗策
優秀なマネジャーを引き留めるには、日本企業ならではの「安全安心」の提供が鍵となる。
今の時代、比較的順調にキャリアを重ねてきた人でも、結婚・離婚、出産、育児、療養、介護等を機に、簡単に最下層に転落するリスクを排除できない。ひとたび自分と家族に何かあれば、収入は激減し、最悪失職、機を見て再起しようにも再就職は困難であり、場合によっては住居も追われ、これまでの所属階層への復帰は事実上無理になる。お一人様なら尚更だ。
日本企業ならではの細やかな心遣いで優秀な人材を守ることで外資と差別化しよう。個人の事情に合わせた働き方や業績貢献方法を選択できることは勿論、社会保障サービスではカバーしきれない範囲まで国や地方公共団体に代わってサポートする仕組みを整えるのだ。
以前紹介した1on1マネジメントの仕組みへと転換すればそれが叶う。外国人相手では通用しないが、日本人同士なら相通じる価値観もあるのでロイヤリティ醸成に役立つだろう。
国が変われば人材の市場価値も変わり、単なる報酬水準で戦っても勝ち目はない。自社の優位性はどこにあるのかを見極め、人材獲得競争に打ち勝とう。
この本を読んでみよう
ウォー・フォー・タレント ― 人材育成競争 (Harvard Business School Press)
McKenseyが1997年に問題提起したマネジメント人材の育成に関する古典。優秀な人材の採用・育成・定着にはトップマネジメントのコミットメントがいかに重要か、それを日々の行動にどうブレイクダウンすべきかを再認識できる。欧米では20世紀でもこの認識が当たり前なのに、日本は今でもキャッチアップできていないことに愕然とする。
家電各社から流出した技術者に関する調査。海外企業のA&R(Attraction & Retention;人材の惹きつけ・引き留め)戦略を理解することで、今後の人材流出を防ぐ手立てを考えるヒントが得られるだろう。また、個人の視点に立てば、外資が採用したい人物像を読み解くこともできよう。
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