経営と労働者が具備すべき要件をバージョンアップしよう

A&R

見放され始めた「働き続ける価値がない企業」

これまでの経営において、労働者は数多ある歯車のひとコマであり、できるだけ安く使って成果を最大化させることを前提としたビジネスモデルを構築しました。その最たる例が奴隷制度でした。奴隷解放後も、労働力を提供して報酬を得るしかなかった人々の立場は弱く、虐げられた時代が長く続きました。今でもリーマンのブラックなトピックスを見聞きしない日はありません。

しかし、ようやく労働者の意識覚醒と権利確保の機運が高まり始めたようです。労働者の人権を侵害し搾取するブラック企業や、人件費への利益還元を不当なほど抑制する企業等、勤続する価値が乏しいと思われる企業を労働者が敬遠した結果、人手不足倒産が増えたのです。サビ残等の摘発に労基署も本腰を入れ始め、企業側も労働関連法規の遵守に重い腰を上げつつあります。

少子高齢化に伴う労働人口減少を前にして、嫌々労働者の待遇改善に取り組んだ格好なのが若干気掛かりですが、曲がりなりにも労働者の権利確保へのフォローウィンドが吹き始めたことは歓迎すべきでしょう。しかし、企業から人が逃げ出す問題の本質はこれではありません。これを機に、経営と労働者の双方に資するこれからの人材マネジメントのあり方について概観します。

経営と労働者、それぞれの責務

欲求段階の上位にキャリアゴールが集中しやすい先進国では、一般に労使が対立するより協調する方が望ましいと考えられています。新興国をはじめとする外患に対抗するには、労使対立という内憂を解消しておかないと勝負できないからです。しかし、協調とはいえ、昭和時代の「ナアナアズブズブ」ではないところがポスト平成版協調のミソです(名古屋成分高めの表現w)。

それは、経営は経営で、労働者は労働者で、それぞれが果たすべき義務を果たし、尊重すべき権利を尊重し、社会的に公正な手続きに則って、是々非々で議論を尽くして判断し、組織目標の達成に邁進するというレベルでの「協調」です。この成熟した関係に辿り着くまでのハードルは極めて高く、経営も労働者も常に自らを律していかねばなりません。

「成果創出のための努力は自己責任」として労働者個人の自助努力に一任している経営と、「成長するための投資や機会を与えてくれない」として経営に育ててもらえないと恨みごとを言う労働者、どちらもよく見聞きします。これは、業績が上向かない理由を相手に押し付け、駄々を捏ねているだけであり、ポスト平成の協調レベルには遠く及びません。

経営と労働者それぞれが具備すべき今日的な要件について、順次まとめます。

優秀な労働者が自然に集まる経営の要件

優秀人材が勤め続けたいと願い、活躍し続ける環境と価値を提供する仕組みと仕掛けを構築する魅力的なA&R戦略が必須です。キーワードはエンプロイメンタビリティ(Employmentability;企業の雇用能力)の向上です。優位性が確かな成長戦略と、それを支えるマネジメント・プラットフォームがなければ、エンプロイメンタビリティの向上は困難を極めます。

卓越した成長戦略

成長のための取り組みを常にブラッシュアップして挑戦するダイナミズムとエネルギーを持っていて、そこで勝つ戦略を描き、格闘しましょう。成長の踊り場で現状を打開すべく苦闘しているならまだしも、事実上成長を諦め、現状維持ができればいい、一代限りで事業承継も難しいという企業は、労働者に逃げられて当然であると認識せねばなりません。

いくら成長可能性があると経営が言い募っても、現実の実績を労働者は見ています。優秀人材の採用・勤続・活躍には、継続的成長が不可欠な最重要ピースなのです。採用広報が奏功して優秀な人が採用できても、これが欠けていればすぐ退職され、全てが瓦解します。優秀人材はイノベーションに果敢に挑む企業、急成長を目指すスタートアップだけに集まるのです。

DX、アジャイル、働き方改革等、次々登場するパワーワードへの対応が他社の後塵を拝している、未だに日本企業のほうがアジア企業より優れていると錯覚している、変化への対応を重視するあまり経営の基軸を見失っている、ここ数年の成長率が一桁前半に留まっている等の企業は、労働者から見捨てられる覚悟を決めざるをえないでしょう。

優秀人材にフォーカスしたマネジメント施策

経営理念とビジョンに共感し、価値観をシェアできる優秀人材をターゲットにして、全てのマネジメント施策を再構築しましょう。ランク、評価、報酬、自己成長支援のコア人事システムをはじめ、福利厚生、定年制、退職金制度等のサブシステムも含めて、全てハイパフォーマーを厚遇する仕組みと仕掛けに再構築するのです。

例えば、ハイパフォーマーには、定年廃止と生涯雇用保障、ペイナウ、退職金制度撤廃及び清算、自己成長支援やチャレンジステージの提供、働き方や貢献方法等、要望を上回る内容に是正します。ローパフォーマーには、敗者復活機会の提供、報酬削減、退職勧奨、アウトプレースメント等で流動化を促進します。総額人件費枠を拡大せずにできることは全て行いましょう。

ワーキング・プラットフォームの刷新も不可避です。生産性の向上と多様な働き方を支える仕組みがない企業に優秀人材は定着しません。AIやRPAの導入、サイバーオフィス化、リモートワーク、最新コミュニケーション・ツール等、ハイパフォーマーに成果創出力を極大化するために必要な投資を積極的に行いましょう(結果的に一騎当千の人材以外の省人化も可能)。

経営からスカウトされる優秀な労働者の要件

労働者が果たすべき責務は、キャリア構築上必要なレディネスを獲得する投資を自己責任で行い、企業に雇いたいと思わせるハイパフォーマーであり続けることです。キーワードは、エンプロイアビリティ(Employability;労働者が雇用される能力)であり、DXやイノベーションにおけるコア人材への成長が求められる今、具備すべき要件は以下の通りです。

マインドセット

信念、価値観、常識、パラダイム、リスクテイクの姿勢等が、ビジネスシーンにおいて抜きん出る存在となれるレベルに到達していることが求められます。未知の環境でも自ら考えて目的地を設定し、目標を立て、そこに至るまでの戦略・戦術・戦闘をデザインし、許容範囲内ならリスクさえものともせずに挑戦できる人材でい続けることができるかが問われます。

このマインドセットは、昭和の頃に確立されたキャリア形成の標準モデル(高学歴・大企業に終身雇用・定年リタイヤ)に安穏と乗ってきただけでは到底確立できませんが、グローバルで戦うならこの要求に応える必要があります。世界中のタレントを相手に、世界中で戦い、期待を上回る成果を上げるためには、メンタルタフネスも今までにも増して要求されます。

克服すべき課題のひとつはリスクテイクの姿勢でしょう。完璧主義や減点主義で汲々としてきた人にとって、「失敗歓迎・試行錯誤ウェルカム」というアジャイルな働き方へのシフトは、上司と当事者、双方にとって簡単ではありません。経営にインパクトを及ぼさない範囲を見定め、当事者の安全を保障したうえで、果敢にチャレンジする気概を持ちましょう。

スキルセット

ラーニング・コンピテンシー

新しいスキルや知識を On demand で習得するスキルです。未知の課題に対峙した時、A.S.A.P.で学び、数多く試行錯誤して、望ましい結果を追求するアジャイルな人はこのコンピテンシーを発揮しています。「考えてから走る」「勉強してから取り組む」ではなく、「走りながら考える」「取り組みながら勉強する」というやり方で成果を出すことが求められるのです。

コンセプチュアルスキル

物事の本質を見極め概念化するスキルは、従来は上位層のコアスキルと考えられてきました。アジャイルな働き方に変わった今、現場への権限委譲に伴い上位層と同等のスキルがマネジャーにも求められます。このスキルに長じた人はビジネスリーダーやビジョナリーの資質を持つ稀有な優秀人材として注目されるので、自己投資する価値はあります(リターンは不明)。

テクニカルスキル

ビジネスプロセスの至る所でDXが推進されていく以上、テクニカルスキル、とりわけITリテラシーは必須です。デジタルネイティブでも技術革新のキャッチアップは容易ではありませんが、ITリテラシーに課題を抱える人は、実効性の高い課題克服方法を模索せねばなりません。プロフェッショナルレベルの知見を持っていても、ITリテラシー不足では機会を得られないのです。

ヒューマンスキル

従来より一層重要度を増します。技術革新の進展につれ、人間の内にある夢やビジョン、アイディア、人間同士のコミュニケーション、ケミストリの価値は更に高まります。これら付加価値の源泉に触れ、成果創出の前提となる信頼関係を構築するこのスキルは、本来心理学の知見も必要とするものなので、小手先のコーチングスキルの習得等でなく、体系的に学ぶ機会を持つべきでしょう。

 

経営、労働者双方にとって、いかに高いハードルが立ち塞がっているか、おわかり頂けたでしょうか?それぞれが高みを目指して努力し続ける責務を負い、ひとつでも上のステージでより良いリターンを得られるように協働する、そんな社会にできるよう、私たちヒューマンキャピタルコンサルティングも微力ながら尽力してまいります。

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