顧客開発モデルはイノベーションを加速できるか

顧客開発モデル

前回「人手不足はイノベーションのチャンス」で触れた「顧客開発モデル」がイノベーションを加速するきっかけになるのか、概観する。

顧客開発モデルとは

顧客開発モデル(CDM:Customer Development Model)は、起業や新規事業開発等、スタートアップ用に開発されたビジネスモデルだ。ビジネススクールで学んだビジネスモデルでは成功できなかった数多の起業家達の屍を踏み台にして構築されたものだけに、スタートアップにおける実効性は高い。

顧客開発モデルは、ビジネスプロセスを「顧客発見」「顧客実証」「顧客開拓」「組織構築」の4つに分類、前半2つを「探求」、後半2つを「実行」のフェーズと位置付ける。従来のビジネスモデルでは禁じ手だった再帰性(やり直しや後戻り)を「学習と発見の重要な機会」として奨励、顧客と市場を発見できるまで、全速力で試行錯誤する事(PIVOT:方針転換)を肯定している点が特徴だ。

各プロセスの特徴は以下の通り。

  1. 顧客発見:ビジネスモデルの妥当性と製品と市場のフィット度合いの検証
  2. 顧客実証:繰り返し実行できる営業モデルの開発
  3. 顧客開拓:ユーザーの需要創出とチャネルへの誘導
  4. 組織構築:「学習と発見」目的の組織から「実行」目的のマシンへの転換

顧客開発モデルは顧客ファーストのビジネスモデルであり、製造業を中心に構築されてきた製品ファーストの「製品開発モデル(PDM:Product Development Model、従来型ビジネスモデル)」との違いは明らかだろう。

これだけではまだイメージできないかもしれないが、詳細を知りたい方は過去記事「起業の敵と味方を見極めよ」で紹介した「アントレプレナーの教科書」をぜひご一読頂きたい。

アントレプレナーの教科書

スタートアップは、顧客開発と製品開発をフルスピードで同時に行い、できる限り早く試行錯誤を重ねて顧客を獲得できなければ失敗に終わる。そうならないための仕組みが顧客開発モデルであり、製品開発モデルに馴染んできた大多数のビジネスパーソンにとって仕事の進め方が根底から覆されることになる、と理解しておこう。

この変化は絶大なストレスを伴うが、それ故にイノベーションのきっかけになる可能性が高いのだ。

マネジメントはどう変わるか

PDCAからDCAPへ

マネジメントサイクルは、従来のPDCAからDCAPへと変わる。スタートアップのターゲットはどんどん変化するので、Pに時間をかけている余裕などない。「取り急ぎDoしてCheck、修正してAction」というループをフルスピードでまわし、正解を見つけたらPlanに落とし込むDCAPでなければ対応できない。

DCAPなら、PDCAでは入手し得ない質と量の学習と発見の機会が得られる。大量の試行錯誤を重ねるうちに今まで発見できなかった気づきを得られるかもしれないし、気づきに基づいて行動を修正して再び大量に試行錯誤したら、思いがけない手応えを得ることもあるだろう。

社員の目が常に顧客に向くよう、マネジメントサイクルをDCAPに変えることは、スタートアップの成功可能性を高め、イノベーションにつなげるために必要なのだ。

1つの成功より100の失敗を高く評価できるか

DCAPサイクルに変わると失敗がうず高く積み上がる。これをできる限り早く成功に結びつけるには、試行錯誤での失敗を高く評価する仕組みが不可欠になる。1回試行して1つ成功した人より、同じ時間で100回試行して100回失敗した人を高く評価しよう。失敗の内容についても適切に評価しよう。質と量、双方において着実に進化している場合のみ、高く評価するのだ。

これを断行できない組織ならそもそもイノベーションなど起こせない。イノベーションとは1万回試行して1つ成功できればラッキーと腹を括って臨むものなのだ。失敗の山から何を学び、どう活かすか、必死に考えた答を顧客にぶつけ、そこからまた新たな学びを得て成功に近づいていくしかない。1回の試行で成功できる程度の挑戦はイノベーションレベルには到達しえない改良程度の話であって、評価するには及ばないと割り切ろう。

DREAMS COME TRUE の名曲「何度でも」にあるように「1万回ダメでヘトヘトになっても、1万1回目は何か変わるかもしれない」という鋼のメンタルで、涙をこらえながら歯を食いしばって挑戦し続ける人を高く評価しよう。

ITツールで飛躍的に生産性を高める

キーワードはアジャイル(素早い、俊敏な)だ。数多くの失敗の先に成功の兆しが見えるのなら、できる限り短時間で失敗してしまえばいい。そのために必要なのがITツールである。現場で起こった事実、顧客の反応、スタッフの知見、意思決定等、全ての事業活動をon demandでシェアできるITインフラがなければ、アジャイルなMVP(Minimum Viable Product:顧客に売るための必要最低限の機能を持つ製品)開発と顧客開発は不可能だ。

ミーティング、メール、チャット、slack等、多くのコミュニケーションツールを精査して、適切なものを選択し活用しよう。チーム内で情報格差や意思の齟齬がないよう、常にベクトルを合わせるのだ。なお、ミーティングは重要なポイントで適切に設計されたものは非常に効果的に機能するが、準備不足のミーティングほど無価値なものはない。基本的には、重要な意思決定が必要な場合に限り15分or30分で設定する以外、ITツール上のコミュニケーションで済ませたい。

イノベーションにつながるか

イノベーションは既知の要素の組み合わせから生まれるという見解がある。その正否はともかく、少なくとも今まで試行したことがない事をしてみることで、何かが生まれる可能性は否定できない。iPhoneの搭載機能を思い起こしてみれば容易に理解できるが、単体ではごく当たり前の事実や知見でも、組み合わせ方次第で価値あるものになることはいくらでもある。

顧客開発モデルの活用が、製品開発モデルの経営に与えるインパクトは相当なものだ。ビジネスモデル、ビジネスプロセス、マネジメント等、全てのパラダイムが根底から覆される。それに加え、破壊的な技術革新が競争環境やゲームルールを一変させている。この状況でイノベーションを起こせなければ、やがて敗走の憂き目に遭うことは避けられない。

ただ、顧客開発モデルが機能するかどうかは「自己否定できるかどうか」にかかってくる。過去の成功体験は自身の想像より遙かに強力な制約として無意識化に刷り込まれているので、何気ない言動ひとつとっても変化をイノベーションに結実させることを阻害する方向に作用しがちだ。顧客開発モデルと製品開発モデルの違いを十分に理解した上で、DCAPを全速力でまわし、一番沢山失敗した人を高く評価しながら成功の兆しを掴み取れるよう奮闘してほしい。

この本を読んでみよう

スタートアップ・マニュアル ベンチャー創業から大企業の新事業立ち上げまで

前掲「アントレプレナーの教科書」の進化版。名前の通り「マニュアル」として編集されているので、必要な時に必要なページを参照して手順を確認する手引書として活用すべきだろう。web系とそれ以外を分けて解説しているのは親切だが、垣根が曖昧になった今、読み手が頭の中で今風に融合させて理解するほうが現実的かも。

スタートアップ・ウェイ 予測不可能な世界で成長し続けるマネジメント

名著「リーン・スタートアップ」の著者であるエリック・リースの最新刊(2018/5/24発売予定)。リーン・スタートアップではサラッと流した感があったマネジメントの方法論にまで踏み込んだとの触れ込みに惹かれた。製品開発モデルの企業内でスタートアップを立ち上げる際、従来型ビジネスモデルに足を引っ張られやすいマネジメント手法について、独自性と独立性を維持するための理論武装に活かせそう。

コメント