「値上げ」に本気で取り組もう

プライシング

日本企業が製品・サービスを「値上げ」することに怯むようになってもう20年にもなろうとしています。昭和世代の方々は、商品の値上げや、自分が扱う商材の値上げを顧客に受け入れてもらった経験があると思いますが、平成に入って以降、そんな事がなくなったことにお気づきでしょうか?デフレ続きで「値下げは正義で値上げは悪」という間違った価値観が蔓延したことは憂慮すべきです。

2%のインフレ目標をぶち上げた現政権も、いつの間にかゴニョゴニョ言ってごまかし始めましたが、経済成長における物価上昇は適正範囲内なら望ましいものですから、ビジネスパーソンなら本腰入れて儲けるよう取り組むべきです。ここで「値上げしてでも儲けるぞ〜っ!」とはならないところが日本人の美徳ではありますが、グローバルで見ればナイーブ過ぎるところでもあります。

Appleなど、競合に抜かれながらも卓越したブランディングと見事なプライシングで最高収益を上げ続けています(勿論他の要因もありますが)。値上げできれば前年と同じ販売量でも飛躍的に増益確保できるんですからやらなきゃ損です。本稿では「もっと儲けることに真正面から取り組んでもいいんじゃない?」という観点から、タブーとされがちな「値上げ」について考えてみます。

忘れられた「値上げによる増益」の可能性

このテーマ、プライシングで言えばド定番でも、営業現場で唱えようものなら、「お客さんが受け容れるわけがない!」「寝言は寝て言え!」「そんな事ができるくらいならとっくにやっているさ!」と、本来賛同してくれるはずの同僚や上司からたちまち蜂の巣にされるのがオチですね。ちなみに、上の3つのセリフはR当時よく上司から諭されました。

確かに「値上げしますのでよろしくお願いします」と言ったところで、顧客が素直に頷くわけがありません。説得力があり、納得できるロジックをわかりやすく伝えることが、値上げ受容の最低条件であることはご承知の通りですが、実は多くの企業でこんな当たり前のことができていません。営業マン一人ひとりに任せっぱなしでマネージできていないんです。

少なくとも下記3つについて予め理解しておきましょう。

顧客の購買行動・意思決定メカニズム

まずカスタマージャーニーを見渡して、消費者の意向を分析しましょう。例の5A(認知、訴求、調査、行動、推奨)と3O(自身、他者、外的影響)を思い起こしながら、顧客が購買に至るまでの意識の移り変わりに価格がどう影響しているのか、PSM(Price Sensitivity Measurement:価格感受性測定法)で分析し、価格の上下動に対する顧客セグメント別の行動変容を明らかにします。

競合の価格体系・価格水準

競合分析は必須だと誰もが言う割に、単発調査や数年前に一度実施したきり、誰も手をつけたがらないのがこれです。精査対象として提供を依頼しても、まず出てきません。競合の手の内がわからなければ、効果的な戦術を練ることはできません。製品・サービスのカテゴリー別、最小在庫管理単位別、店舗別等でベンチマーク分析を行えば、優位性を確立できる機会を必ず発見できます。

自社のコスト構造

意外に不透明なのが自社のコスト構造、とくに「マージン」です。トップマネジメントの専権事項であり社外秘である事は勿論ですが、時に不正の温床ともなり得ることもあって、厚いベールに隠されていることも多く、慎重な取り扱いが必要です。本当の利益率・利益額を明らかにすることは増益確保の橋頭堡ですから、チャネル別、パートナー別等から斬り込みましょう。

3C(顧客、競合、自社)に関して理解したら、値上げの検討に入りましょう。

「価格改定」で賛同を得る

さて、「値下げ」に慣れ切った顧客のメンタリティを考えると、「値上げ」というセンシティブなワードで勝負を挑むと、すぐ反発をくらうでしょう。実際にプライシング改革を行う場合、一部は値上げしても別の部分は値下げして、売上総量を増やしてトータルで増益になるように着地させることが多いので、「価格改定」というパワーワードを推奨します。

では、誰もがイメージしやすい例として、外食チェーン店における7つの価格改定ポイントについて考えてみましょう。

エリア

競合店舗の競争力がどのくらいあるか、店舗ごとに推計しましょう。マクドナルドやスタバ等のグローバルチェーン店や、デニーズやガスト等のナショナルチェーン店が犇めく地区の店舗は非常に厳しい競争に晒されますが、全国展開前のコメダ等のローカルチェーン店や個人経営店舗が多い地区なら、競争はやや緩いと言えます。

WTP(Willingness To Pay)

マクドナルドの価格が全国一律でないことはご承知の通りですが、地域毎に異なる「リーズナブル」や「コスパがいい」と言われる相場を把握することで、「顧客が支払っても良いと思う価格」を把握します。日本なら、東京都心、それ以外の23区内、都内、首都圏、大阪、名古屋、政令指定都市、市区町村の順で、WTPは低くなる傾向にあります。

プライシングカーブ

食事の量やカロリー、セットの価格設定が顧客にどう受け止められているのかを検証して、望ましい価格設定へと変更しましょう。例えば、子供や少食な女性、ダイエッター向けの少量メニューの減額幅、たくさん食べたい方向けの増量メニューの増額幅を、どう変えれば増益を実現できるかシミュレートして、実証を経て変更しましょう。

セットメニューによる併売

単品価格よりもリーズナブルにして顧客単価を引き上げましょう。ドリンクバー、サラダバー、アフタヌーンティセット等をはじめ、回転率を上げることが難しい場合は、バイキング、ブッフェ等も検討しましょう。なお、お仕着せのセット内容は避け、選択肢を提示して顧客に選んでもらえるようにして満足度を上げることにも配慮しましょう。

イートイン/テイクアウト

税率でも議論の対象となっているように、その場で食べる場合と持ち帰りでは価格を分けましょう。店内座席を占有される場合には、回転率に基づいて算出された席料相当額をチャージすべきです。また持ち帰り顧客には、店内で食事した顧客だけが享受できるエクストラチャームについてアナウンスすることも忘れてはいけません。

特殊立地

観光地やテーマパーク、アウトレットや大規模商業施設、離島や辺境地等、普通の環境とは異なる特殊な立地にある店舗では「観光地価格」が受容されやすくなります。原材料や商品の供給に手間暇がかかることや、数日から数週間に一度の定期便頼りになること、競合の価格への対抗措置等、高価格の理由を顧客が受容できる場合、値上げしやすくなります。

表示の工夫

利益額・率の良い「店長のオススメメニュー」をクローズアップして、最も目立つメニューを作成しましょう。原価率が高い商品や単品メニューをサブコンテンツにして目立たなくしたり、場合によってはメニューから落として、特に問題なければリピーター限定の裏メニュー化するのもファン獲得の妙手となり得ます。写真やイラスト、動画、iPad化等、ツールも工夫しましょう。

これらの観点からの分析・検証を経ると、「値上げしたくてもお客様が減るからできない」という常套文句で、敵前逃亡できなくなります。言い換えれば、プライシングにおいて至極真っ当な値上げ交渉に取り組んでこなかったがために、歪な値下げ圧力が強まってしまったとも言えます。今が正々堂々と価格改定に取り組む好機なのです。

ここで取り上げたものはあくまでも例にすぎず、事業や業種特性によって価格改定ポイントは大きく異なります。貴社ならどこをどう変えるべきか、慎重にご検討ください。

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