某女優との恋愛をスクープされたIT起業家に対して「トロフィーワイフ嗜好」だの「起業家は経営に専念すべし」だの、凄まじい嫉妬と口撃が繰り出された。他人様の恋愛に口を出すことほど野暮なことはなく、ゴシップがどう消化されていくのか、見るともなく眺めていればいいだけなのに、だ。
ただ、中傷の中で「経営者たるものかくあるべし」という類の口撃には少々引っかかるものを感じた。言わんとするところは「社会の公器なる企業経営者なら、人のお手本として謹厳実直に働くことに集中すべきであって、煌びやかな華燭の女性に現を抜かすものじゃない」というあたりだろう。
だが、経営者はそんなに「できた人柄」でなければならないのだろうか?
経営者が煩悩塗れで何が悪い?
聖人君子である必要なし
そもそも起業家や経営者に「できた人物像」を求めるのはお門違いだ。たとえ「まだ見ぬ新しい価値を創造して人類の幸福に貢献する」なんてビジョンを掲げていても、本音は「カネが欲しい」「いいオンナ、いいオトコが欲しい」「地位や名誉が欲しい」「フェラーリやプライベートジェット、クルーザーが欲しい」「世界中に別荘を持ちたい」「30代半ばでセミリタイヤして余生は悠々自適な生活をしたい」等々であることは珍しくない。それの何が悪いのだろう。
欲求段階の違いこそあれ、どれもみな立派な経営目的だ。それぞれの背景にある原体験が、モチベーションの源泉や強烈なリーダーシップを発揮するエネルギー源となっている。欲求あるがゆえに懸命に働き、足掻き、ひときわ強い輝きを放つ人物になったのだ。ビジネスで生き残る人は、一見草食系に見えても実態は獰猛だし、肉食系同士の闘いで勝ち上がるのは欲求の強い方という面があるのも否めない(必ずしもギラギラした方が勝つとも言い切れないが)。
成長につれ使命を悟る人もいる
そんなタイプの経営者でも、経営する中で良くも悪くも様々な経験を重ねるうち、何らかの使命を悟ることがあると複数のクライアントから伺った。その時になって初めて、自分にしかできないことで誰かや何かの役に立つことをビジョンとして掲げるようになり、何らかの貢献を果たすべく全力を注げるようになったそうだ。経営者になって早々から本音で「世のため人のため」というビジョンを掲げていた人は少ないというのが実感である。
その境地に至るまでに必要な経験や時間は人によって様々だが、価値観へのインパクトの大小と時間の長短には相関があるらしく、細く長くor太く短くのいずれの場合でも、総量があるレベルに達すると悟りを開くものらしい(コンサルにあるまじき文章だがお話を伺う限りこうとしか表現できない)。実に興味深いことだ。起業家が何を求めていようと、自身が経営者のなんたるかを悟るまで周囲は眺めているしかない。それでも、曲折を経て使命を得た結果として人格が整う方もいる、程度の期待で充分なのではないだろうか。我が身を省みればそう思う。
どんな経営者でも支援するのがコンサルタントの使命
信頼されなければ何も始まらない
コンサルタントの使命は、クライアントのビジョン達成支援だ。そのビジョンがどのような背景から生み出されたものかは問わないし、評価することもない。まして経営者の私生活や人生観、恋愛の変遷等がどうであれ、その言動が違法もしくは脱法的でなければ、あるがままを受容し全力で支援する。
その前提として、経営者がコンサルタントに対してビジョンを率直に伝えていただくことが必要なのだが、実はここが難しい。経営者が信頼を寄せる方からの紹介があったとしても、よく知らない一介のコンサルタントが簡単に信頼されるわけがないのだ。
コンサルタントには守秘義務があるとはいえ、まだ信頼できるかどうかもわからない相手に経営情報や経営者自身の情報を開示することには抵抗を感じるものだ。必要最低限の情報提供で済ませたいというのが本音だし、その気持ちも理解できる。逆の立場だったら自分でも逡巡することが容易に想像できるからだ。
しかし、本音を明かさず上辺だけのコミュニケーションに終始するなら、信頼関係を構築することは難しい。説明されるビジョンや事業目標、リスクテイク・スタンス、価値観等について、表面的には理解できるものの、経営者の情熱やエネルギーの源泉に共感・共鳴する機会がなければ、その瞬間からコンサルティング品質が低下する誹りを免れないだろう。
たとえば、経営者がビジョンを「語れない」のは、秘密にしておきたい以外ではアイデアが沸き上りすぎて整理しきれないことが多いので、適切なアウトプット方法を提供すればよい。だが「語らない」なら、信頼を与えるに足ると認識していただく努力がコンサルタントに不足している証拠だ。マインドセット、スキルセットのみならず、一人の人間としてどう生きてきたか、どう生きていくかが問われると覚悟して、常日頃より精進せねばならないだろう。
適切に努力したコンサルタントが信頼を与えていただけないことはまずないが、それでも信頼関係が不十分に感じるなら、経営者に何らかの意思が秘められていることもある。コンプラ上の問題等は勿論、経営に関する情熱の喪失も原因となり得る。事業承継やM&A等の検討時に直面しやすいが、本音を言い合える関係があれば、こうした経営者の想いに気づくこともできよう。
ビッグピクチャを共有し信頼を得よう
信頼を得るには、人様のお役に立つことに対する確固たる考え方や情熱をコンサルタントが持っていることをクライアントに伝えるしかない。それを言葉だけでなく行動で示すのだ。スキルセットや実績の開示は勿論だが、コンサルティング・スタンスやマインドセットをどのように育んできたか、何を目指しているのか、価値観や人生観等、コンサルタント自身がインタビューされる側になって考えてみれば、伝えるべきコンテクストは明らかになるだろう。
そして、それを伝える機会としては、クライアントのビッグピクチャ・デザイン支援が絶好の機会だ。討議では双方のマインドセットや価値観が言動に現れるので、相互理解が進みやすい。クライアントのビッグピクチャ・デザインであれば尚更だ。経営者の本音を傾聴し、具体的なビジョンへの昇華プロセスを共有できれば、強固な信頼関係が構築できるだろう。
経営者、コンサルタントという鎧を脱ぎ、オフサイトミーティングを重ねる機会が得られれば更に良い。一般的なコンサルタントのイメージは「頭脳明晰、理論武装がカンペキ、つけ入る隙がない、ワーカホリック、人間味と面白みはない(ヒドいな)」あたりなので、コンサルタントの鎧を外したがる方は多く、ちょっとだけ鎧を脱いで本性をチラ見せすると安心してくださるものだ。
ただ、かつてのグレイヘアのような「先生と生徒」的な上下関係に拘泥していたら信頼関係の構築は難しくなる。コラボレーションを通じて同じ目標に向かって共に戦う戦友として、対等な関係へとスタンスを転換することが時代の必然だと認識せねばならない。いわばカウンセリングやコーチングに近いスタンスになるべきなのだ。
HCCがコンサルティングとコーチングを融合してクライアントを支援する理由がこれだ。局面や目的に応じてコンサルティングとコーチングを使い分け、ある時は課題解決方向を明示し、ある時は経営者の頭の中を整理して考えを具現化し、そしてまたある時は経営者の悩みや戸惑い、不安を支える存在にコンサルタントがなれた時、本当の経営者支援が現実のものとなるのだ。
それでも、「好き嫌い」や「合う合わない」という壁は乗り越えられないが。
この本を読んでみよう
謙虚なコンサルティング――クライアントにとって「本当の支援」とは何か
泣く子も黙るエドガー・H・シャイン氏による新世代のコンサルティング・バイブル。クライアントとの関係を上下関係から対等の信頼関係へと進化させ、コンサルティングとカウンセリング、コーチングを融合したコミュニケーションを推奨する。コンサルティングにおける組織心理学的アプローチの重要性を知りつつ、学習機会を逃していた方にお薦め。
ドラッガーの名著で経営者インタビューを突き詰めればこうなるという古典のアップデート版。マネジメントに携わる人なら読むたびドキッとする洞察が得られる。原理原則に立ち返ってマネジメントのあり方を考えさせられるので、煩悩塗れのクライアントに座右の書としてプレゼントすれば、ありがた迷惑になること請け合いw 勿論コンサルタントの自省のきっかけにもなる。
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