働き方改革へのレディネスを整えよう

ホワイトカラー・エグゼンプション

働き方改革はディストピア化の歯止めとなるか

働き方改革関連法案の閣議決定を受け、法制化に向けたプロセスが動き始めた。裁量労働時間制、同一労働同一賃金、高度プロフェッショナル制度(以下高プロ)を3本柱とする法案は、曲折を経ながらもやがて導入されるだろう。

裁量労働時間制を機能させるには職務分掌とエンパワメントの見直し、同一労働同一賃金への移行は人的資本マネジメントの基本的な考え方とコア人事制度の手直し、高プロ導入には対象者選定と専用制度のデザインが、それぞれ必須だ。いずれも重要なテーマであり、一筋縄で解決できるものではない。

事は単純な制度導入ではなく、就業観と人的資本マネジメントの考え方の再構築であり、 相当量の資本投入を要する。定着・運用のための仕組みづくり、人的資本開発プログラムの刷新も必要だ。RPAやAI、IoT対応を目的とした業務改革と並行して取り組むなら難易度は更に増し、3割程度といわれる改革成功率には到底届かない。

中小企業は3本柱導入に相当慎重にならざるを得ず、しばらくの間は様子見が多数派だろう。難渋する企業が続出することは明らかであり、経営が具備すべきレディネスについて概観する。

裁量労働時間制

着手容易性とROIから見れば、最初に取り組みやすいのは裁量労働時間制だ。既に多くの企業で長時間労働是正の取り組みが行われているものの、単なる残業規制やかえって働きにくくなっているケースも散見され、順調に推移しているとは言い難い。さらに言えば、長時間労働是正より時間外手当削減へと目的をすげ替えて推進される懸念も払拭しきれない。

しかし、裁量労働時間制導入におけるボトルネックは2つだ。第一に、仕事の量と質を決める権限をマネジャーから引き剥がし、担当者本人に委譲(エンパワメント)できるかどうか。第二に、評価と報酬の基準を投入時間数ではなく成果に定め、認識と仕組みを改めることだ。なお、この点に関しては次項以降で詳述するので、ここでは割愛する。

さて、エンパワメントの件だが、顧客に一番近いスタッフが望ましい判断と行動をするために必要な権限を明確にしたうえで、思い切って任せるというのが本筋だ。しかし、スタッフのスキルセットを省みれば言葉ほど簡単ではないだろう。

長きにわたり職務権限はマネジメントのものだっただけに、ここに斬り込むには及び腰になりがちだ。しかし、裁量労働時間制を本気で軌道に乗せたいのなら、サンクチュアリを残してはならず、最前線の現場へ積極的に権限を委譲しよう。現場の暴走を抑止する統制の仕掛けを組み込めば、致命傷は避けられる。

つまり、裁量労働時間制を機能させるには、スタッフのスキルセット開発、エンパワメント、成果にフォーカスした評価・報酬制度が前提として必要なのだ。これらが整備されて仕事の仕方と時間配分に工夫をこらす余地が生まれ、成果創出に集中した事業活動が展開されるようになる。その結果、長時間労働は減り、短時間で成果をあげる働き方が実現できるのだ。

同一労働同一賃金

同一労働同一賃金の導入には産みの苦しみ、それも相当な激痛を伴うだろう。そもそも同一労働同一賃金は「同一価値労働同一賃金」というゴールへの第一歩なのだが、概念の明確化と違いを明確にしないまま、漠たるイメージで語られている印象も否めないので、まずこの点について明らかにしておく。

前者は単に同じ仕事をする人の賃金は同じという原則だが、後者は同じ価値の仕事をする人は職種や身分に関係なく同じ賃金という原則だ。正規社員と非正規社員が同じ仕事に就けない現行法の下では、正規・非正規格差は是正できない。それは後者でしかなしえないのだ。

働き方改革の最初期は、正規・非正規格差の解消を目的のひとつに掲げ、同一価値労働同一賃金原則の導入を視野にとらえていたが、ハードルの高さと抵抗に怯んで同一労働同一賃金原則の導入に後退したのだ。政局の煽りを食らった妥協の産物だが、何もしないよりマシであり、今後の展開に期待しよう。

さて、同一労働同一賃金の導入に際しては、職務価値に基づくコア人事制度が必要になる。

職務価値基準のコア人事制度とは、スタッフ層からマネジメント層に至るまで、全ての職務価値を評価してランクを決め、コホートごとに賃金を決定する。過去の実績や年功、職能は賃金算定から除外されるのだ。昇格したての新任と10年選手でも、同じマネジャーという職務に従事していれば同一賃金だ。

勿論、経験知の多寡に関する調整の余地はあるだろうが、ベテランのモチベーション維持と昇格昇進の魅力を両立できる賃金水準に設定すれば調整は不要だ。不平不満を激変緩和措置等で救済するのではなく、原則を貫くことで乗り切れないなら、次の大波である同一価値労働同一賃金原則の導入は夢散する。

この難問をクリアした時、日本人は働き方を選べるようになる。自らが選択した働き方で、企業から期待される価値貢献ができ、成果相応の評価と報酬を得る自律型の人的資本となれるのだ。企業の支配と庇護から解き放たれ、実力と責任において仕事を勝ち取る働き方へと変わる。副業解禁はその兆しでもあろう。

高度プロフェッショナル制度

ホワイトカラー・エグゼンプション(以下WE)の代名詞である高プロ制度は、対象を年収1075万円以上の人に限定した。この賃金水準で非管理職となると、現状ではかなり限定された人への適用であり、中小企業での該当者は少ない。

「残業代ゼロ働かせ放題」と揶揄され、なんとも評判は悪いが、そもそもWEの目的は、労働時間数ではなく成果に基づいて報酬を決定する仕組みに変えることで労働生産性を引き上げることにある。反対派の批判や懸念、危惧の一部は理解できなくもないが、報酬の対象は成果であって労働時間数ではないという論理は、今日の産業構造においては合理的である。

高プロ制度導入において問題とすべきは適用対象の線引きではなく、成果定義の明確化と儲かる仕組みの再構築の2点だ。

成果定義は成果主義導入時にも大問題となったので、当時を知る方にとっては古くて新しい問題だろう。高プロに期待する成果を、定量的・定性的に明確な目標として設定、目標達成のために必要なすべての権限を委譲する仕組みを整えねばならない。ここでもエンパワメントは必要なのだ。

また、長時間労働を前提とした儲かる仕組み(ビジネスプロセスとマネジメントシステム)を、短時間労働で同等以上に儲かる仕組みへと予め作り替えることも必須だ。ワークルールや評価・報酬制度等のマネジメントシステムも、高プロ専用の仕組みが必要になる。彼らの高額報酬に対する社内の嫉妬をどう捌くか、今後の適用対象の拡大に備えておくことも考えておくべきだろう。

高プロのようなハイパフォーマーは、採用、活用、定着の難易度が高く、組織上の位置づけは、あくまで一騎当千の個人であって基幹社員ではないことを考慮すると、様々な投資が必要となる高プロ制度の導入は慎重に検討すべきと考える。

この本を読んでみよう

「働き方改革」の不都合な真実

諸説紛々の働き方改革について、論点を提示あるいは整理した一冊。R出身者同士の対話ゆえやや独特な物言いではあるが、改革の美辞麗句の裏で置き去りにされる諸問題に関する気づきが得られる。自分なりに働き方改革に対峙する前に読んでおきたい。なお対策や事例が必要なら別の本を探そう。

アクセンチュア流 生産性を高める「働き方改革」

プロフェッショナルファームが実行中の働き方改革についてまとめた一冊。労働集約型ビジネスモデル、超長時間労働、体育会系カルチャ、徹夜続きの激務が当たり前だった同社が断行した改革が業績向上に結実したプロセスを赤裸々に記している。Amazonレビューで元社員達が両極端な評価をつけている点も興味深い。

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