アメフト部の暴行傷害事件における日大、パワハラ問題に揺れるレスリング協会と至学館等、危機管理のマズさで自らの価値を毀損する事例が続いています。ビジネスシーンでも仮想通貨界隈のコインチェックと関係筋が不祥事発覚時に反省の色が見られず炎上していました。SNSで言う所の「謝ったら死ぬ病」として嘲笑し、高みの見物を決め込むわけにはいきません。明日はわが身なのですから。
本稿では、なぜこうも危機管理の失敗が立て続くのか、考えてみます。
下手を打つ3つの原因
危機管理でかえって傷口を拡げてしまう原因には3つあります。
認識不足
危機管理に失敗する最大の原因はこの認識不足です。問題の重大性を客観的に評価・把握していない、もしくはできないケース、会見で対応を追及された時、自分の人格を否定されたように受け止めて保身に走るケース、トカゲの尻尾切りや引責辞任をもってとにかく早々に幕引きを図るケース等、世間がヒートアップするケースはほぼこの認識不足や認識間違いに起因すると考えます。
周囲が重大な問題だと考えていても、自分自身はたいしたことではないと考えていれば、望ましい対応はできません。内向きになりがちな組織内の価値観にどっぷり浸っていると、世間の価値観とのズレを認識できないことはよくあります。それを正すことは言うほど簡単ではなく、だからこそ第三者委員会や社外アドバイザリを活用して、世間の見方を適切に捉えることが急務なのです。
また「責任逃れ」や「言い訳」に代表される保身行動は本能のなせる業だけに自己制御は無理です。だからこそルールやシステムを構築してコントロールするはずですが、運用者自身が追及されるケースではすぐ機能不全に陥ります。その結果、コミュニケーションを図るたびに欲しい回答が得られないメディアや大衆にはフラストレーションが溜まり、ボルテージは急上昇、炎上に至ります。
たとえ吊るし上げのような集中砲火に遭っても、批判の対象はあくまでも認識の違いや対応姿勢、コメントの内容であり、対象者の人格とは関係がないことを理解することが必要です。また、この種のストレスに対する耐性は人によって違うので、テンションが上がった状況における対処方法についてトレーニングを重ねておくことで、徐々に冷静さを取り戻すことはできます。
但し、本当に事態を打開するためには、事実開示や具体的な対応策等に実効性がなければ追及の手が緩むことはありません。第一に被害者や関係者に対する謝罪と具体的なケアとフォローアップ施策、そして中長期的な問題解決への具体的な取り組みについて、速やかかつ効果的な対応策を策定することに全力を尽くし、丁寧に説明し続けましょう。
準備不足
二番目の原因は、備えができていないことです。私たちの関与先でも、危機管理対策自体、未策定の企業は驚くほど多いです。地震等天災対策でBCPを策定した企業でも、不祥事に起因する危機管理は後回しになっている感が否めません。発生確率は不祥事の方が高いですし、個人の問題として組織から切り離せば終わりという訳にはいかないご時世であることを今一度よく考えましょう。
特に怖いのはマスコミとSNSでの炎上です。マニュアルを策定していても上手く納めることが難しいメディア対応を、準備もせずに首尾よく捌けることはありません。当事者の一挙手一投足、言葉の端々まで見逃さないメディアや国民の目と耳を甘く見ると、完膚なきまでに叩き潰されることはご承知の通りです。全方位から飛んでくる詰問の矢を防御できる盾はないことを前提に準備しましょう。
練習不足
危機管理対応マニュアルを策定済みの企業でも、実践トレーニングまで抜かりなく実行しているケースは少ないです。冒頭できちんと謝罪を述べた後、全員揃って10秒頭を下げて、、、という儀礼的なことはさておき、対応の肝である事実の開示と具体的な早期対応、中長期的な改善策に関する広報の内容と質疑応答について、ロールプレイを繰り返しましょう。
発生しやすい不祥事は、サビ残や休暇否認等の労働関連法規違反、セクハラ・パワハラ・マタハラ等のハラスメント問題、不正経理、贈収賄、不倫、痴漢をはじめとする各種迷惑防止条例違反、煽り運転や飲酒運転、人身事故や危険運転等の自動車事故、万引や置引等の窃盗犯、機密情報の持ち出しや漏洩等の個人情報保護法違反等です。ケース毎に異なるシナリオでトレーニングしましょう。
上記3点に留意して対応策を策定すれば、それなりの体裁を整えることは可能です。しかし、危機管理はあくまでも事後対応であり、危機発生を食い止める手立てにはなり得ないことも事実です。つまり、危機の萌芽であるリスク管理体制が適切に機能しているかどうか、ルールやシステム等のハード面と、考え方や運用方法等のソフト面から検証する必要があるのですが、これが難しいんですね。
あるべき人格や人間性まで問うているか
リスクマネジメントといえば、多くの方々が想起するのは、コンプライアンス、ガバナンス、内部通報等、一昔前に流行ったパワーワードでしょう。課されたお題目を管理部門が推進主体となって充分対処したはず(やってなければ論外)ですが、ルールやシステムを導入して監視体制を強化しても、不祥事の原因となる人の隠された心理や企みを把握することまではできません。
そうなると、人がワルいことを考えること自体をなくすアプローチを選択すべきです。ターゲットとすべきは、個人の良心・良識、道徳心・倫理観、ビジネスパーソンとしての矜持・哲学になるのでしょう。悟りの境地に達するまで修行させるというわけではなく、あくまでも所属組織の社会的責任を全うする一員として、自律すべき信条と言動を確立できるよう、働きかけることが必要です。
しかし、スタッフ層から経営層に至るまで、全員の頭や心の中を覗き込み、ワルいことを考えていたら手を突っ込んで引っこ抜くことなどできるわけがありません。望ましい人格や人間性を確立できるような良心・良識、道徳心・倫理観、矜持・哲学のあり方を思索する機会を設け、シェアバリューとして昇華することしかできないのです。それをネチっこくネチっこく浸透させ続けるのみなのです。
望ましい人格や人間性とは定量的なスペックで明示されるものではなく、定性的な表現でしか伝えることはできないでしょう。しかし、バリューレベルに至れば人材採用基準にも反映できるので、不適切な資質を持つ人が組織に入り込むことを入口で食い止めることができるようになります。中長期的に継続すれば、ワルいことを企むようなワルい人はいなくなります。これって実はスゴいことです。
相当な遠回りに見えますが、ワル企みを防ぐには結局このアプローチが最も効果的でした。数多くのビジョニング・ワークショップでシェアバリューの創造を支援してきましたが、コンプライアンスやガバナンス体制をデザインしてお終いにする組織と、コア人材の人格形成や豊かな人間性の育成にまで踏み込む組織とでは、中長期的な成長と企業価値に大きな差が出たことを申し添えます。
この本を読んでみよう
危機管理&メディア対応 新・ハンドブック (養成講座シリーズ)
マスメディア、SNSでのマイナス情報拡散にどのように対処すべきか、広報は勿論、経営層から若年層まで全社員に周知すべき実践的な危機管理が理解できる。普段は問題なく対応できる人でも、問題発生時は冷静に対応できないだけに、予め対応策を決めておくことは非常に大切。ただ、そもそもリスク管理できていなければお話にならないことは弁えておくべき。
コンテンポラリー・クラシックス 論語と算盤 モラルと起業家精神 (Contemporary Classics 今こそ名著)
近代日本経済の礎を築いた渋沢栄一氏の経営哲学をまとめた一冊。論語(道徳)と算盤(経済)は遠いように見えて実は近いものであるという彼の経営哲学が読み取れる。金勘定に気をとられ、モラルに反する行為を軽々しく行うようでは、中長期的な成功は望めないという原則を胸に刻みたい。拝金主義に毒されかけている者にこそ読んでもらいたいが、金勘定に忙しくて読んではくれないか。
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