イケてる風若者の間で、熱狂的な起業祭りが起きているのはご存知でしょうか。エンジェル、VCやCVC、クラファン等の資金調達環境が整ってきたこともあり、ノリで起業する輩ばかりでなく、早熟な天才や博士・修士等の起業が増えているんです。これ、実は古いタイプの企業への就職には嫌気がさし、起業やスタートアップ(SU)を目指す若者が増えたためではないかと推察しています。
「いまだに昭和の価値観を引きずるオッサンだらけの古い会社で、安い給料でこき使われ、ハラスメントで嫌な思いを何年も強いられるくらいなら、起業して好きに働くか、同世代が多いSUの方がノビノビ働けそうじゃん、高額報酬を手にするチャンスあるし、サビ残やハラスメントなさそだし、一寸先が闇なのは大企業も起業もSUも一緒だし(知らんけど)」という考えが背景にあるようです。
古い企業にあって起業やSUにないもの、それは柵(しがらみ)です。古い企業に勤める当の社員にとっても、できるものなら打ち捨ててしまいたいくらい鬱陶しく、面倒くさく、物事を進めるスピードを著しく落とす諸悪の根源です。学閥、体育会、OB会、同期会、労組、右顧左眄、媚び諂い、面従腹背、腹芸、滅私奉公、年功序列、上意下達、絶対服従等々、特徴の字面だけ見ても嫌ですね。
本稿では、柵を生み出す一因ともなった古き悪しき人事のあり方を振り返りつつ、イノベーションを加速する人事が具備すべき要件について考えます。
なぜ人事は変われないのか
近年興隆著しいテクノロジー系以外の著名な日本企業の多くは、製造業もしくは金融業、そしてそこをルーツとする企業であり、未だ「古き良き昭和」の残滓を引きずっています。創業記、日本の復興を支えてきた自負、高度成長、海外進出、成功体験、武勇伝や伝説の数々が時を越えて語り継がれ、偉大な先輩を敬い、讃えることや、若者は先輩から教えを乞い、丁稚奉公で修行を積み、一人前と認められるまでには二十年程度はかかるものだという考え方が一般的でした。
これが年功に基づく社内序列となり、評価・報酬、教育の仕組みも序列と紐づけられて人事制度となったのです。背景にあった考え方には「超保守主義」「エリート主義」「中長期的スコープ」という3つの特徴があったと推察します。
超保守主義による「波風を立てないことが美徳」
日本企業の品質管理の厳しさはご承知の通りです。世界中の誰が、いつ、どこで、どんな原材料でも、公差範囲内で製造できるのは偉大なことです。不良品を出そうものなら一大事なので、ほんの僅かな精度の狂いも見逃さぬよう、念には念を入れ、石橋を叩きまくり、ネガ潰しを徹底して一歩ずつ仕事を進めるようになりました。でも、この姿勢を人事に持ち込むとどうなるでしょうか?
人事は心の機微に触れるものだけに、ただでさえその運用は慎重にも慎重を重ねたものになりがちですが、超保守主義ともなると、いくら優秀な人でも先輩や上司の頭越しになる前例のない登用や抜擢は行えません。ローテーションを繰り返してゼネラリストを育成するという、時代に逆行するような人材開発を止めることもできません。先輩と同じ道を辿らせ、前例踏襲に固執します。
経営環境に比較的大きな変化がなかった頃の人事運用を、破壊的な技術革新の大波に揺さぶられる現在でも堅持するのは悲劇です。フツーあるいはそれ以下の上司の下に優秀な部下を配属したら、スポイルされすぐ退職します。若く経験が浅くても、優秀なら成果を上げられる業界・業種、職種の場合は尚更です。個人のプロフェッショナル化も妨げる一因にもなります。
過度な中央集権体制
マトモな企業において、人事はエリートです。学業優秀、品行方正、将来の幹部候補なら人事を経ずに出世することはまずありません。この事実が故、人事は社員から「頭いいし、言ってることが専門的でよくわからないし、逆らうと飛ばされそうだし、自分の情報全部握られてるし、、、」とコワがられます。実際、幹部候補になる方々ですから強面でしょうし。
最も懸念されるのは、経営者でさえ人事の魔力に魅入られたり、よくわからなくて立ちすくむことでしょう。思い通りに業績が上がらないとすぐ人事に手をつける社長は星の数ほど多いですし(異動後も業績は上向かないのがデフォ)、人事部長になにか注文をつけたくても、説明が専門用語で盛られていて理解できず、煙に巻かれるなんて憂き目に遭うこともよくあります。
人事制度は、経営のメッセージを社員に伝えるツールです。そのツールを人事が恣意的に使うようになってはいけません。官僚が権勢を誇るようになったら政治が立ち行かなくなるのはご承知のはずです。経営の意向を組織の隅々にまで浸透させ、社員の行動を目標達成へと方向づけることが人事制度の使命であるという原理原則から逸脱したあり方は、改めなければならないのです。
中長期スコープに囚われた人材開発
新卒一括採用と終身雇用が定着すると、40年以上もの長きにわたって企業に貢献し続けさせる人材活用の仕組み(人材開発)が必要になりました。代表的施策が年功序列とローテーションでしょう。様々な仕事を経験することにより様々な能力を開花させ、社内の至る所に人間関係を巡らせることにより、社内のあらゆる知見に通じる幹部人材へと成長させることが目的でした。
しかしその結果は、社内だけで通用する調整力はあるものの、ポータブルスキルがなく市場価値が乏しいゼネラリストを大量生産しただけでした。労働市場で引く手数多なのは特定分野で傑出した実績を誇るスペシャリストやプロフェッショナルであり、社内限定ゼネラリストは見向きもされません。終身雇用が瓦解した今、社内外で行き場を失い Living Dead 化しています。
現場では、激変する競争環境への対応でスコープを中長期から短期へと転換しましたが、人事は人件費削減のための成果主義導入を優先しながらスコープの見直しは置き去りにしました。中長期的なスコープのまま、短期間で成果を出すスペシャリストやプロフェッショナルを活用する無理な運用を重ねた結果、優秀な人材が定着しない組織になってしまったのです。
このような人事は、もはや現代経営において人事が担うべき機能を果たしていないと言わざるをえません。荒療治は必至でしょう。
イノベーションを加速する人事のあり方
レディネスのリセット
激変する経営環境に現場が対応しているなら、人事には現場の機動力を遅滞なく整備する役割が求められます。エリート然として現場の奮闘ぶりを冷ややかに分析して弱点をあげつらう官僚としてでなく、現場と一体化して競合と戦う参謀へと転身するよう、マインドセット、スキル、知見を刷新しなければなりません。ほとんどの人事は、上記のようにまずミッションから刷新する必要があります。
ミッションを刷新したら、具体的な行動変容につなげるために、マインドセット、スキル、知見等のレディネスをリセットします。これは言葉で言うよりも遥かに困難なチャレンジになります。「成長戦略の完遂に資する人事とはどうあるべきか」というグランドデザインを策定するために、どのようなレディネスが必要かの定義から議論を始めましょう。
議論の過程では自己否定の連続となり、産みの苦しみに苛まれることが容易に予測できるので、第三者によるファシリテートを推奨します。また、新たなスキルや知見の習得に関しては、ラーニングコンピテンシーを如何なく発揮していただけるよう、自己学習期間を設けた上で資格テストを実施、合格者だけを人事に配属することで古き悪貨を駆逐します。まさに荒療治です。
アジャイル手法の導入
起業やSUでお馴染みの「顧客開発モデル」の特徴のひとつ、「アジャイル手法」を人事業務プロセスに導入しましょう。1on1マネジメントを実現できる新人事制度をデザインするには、できる限り早く試行錯誤して自社にフィットする仕組みを創造しなければならないので、アジャイル手法を活用しない理由はありません。
しかしこれは、長年人事に携わってきた方々には受け容れ難い仕事の進め方です。人事業務に失敗は許されないからこそ、一歩一歩着実に、ミスがないよう慎重に進める「ウォーターフォール型」で職務を推進してきたわけです。全速力で試行錯誤を繰り返し、続発する失敗を歓迎、次々と新しい試行に邁進する「アジャイル型」への転換は、まさにパラダイムシフトに他なりません。
新手法導入だけでも大きなストレスがかかりますが、新しい人事のあり方の策定はまさにストレスフルな取り組みになるでしょう。参考事例をはじめ、必要な知見、ゴールの定義さえないタスクは、超高いハードルが連続する挑戦的創造であり、何から手をつければいいのかさえ見当がつかないかもしれません。でも、脳と手をフル回転させて制度化まで漕ぎ着けてください。
1on1マネジメントへの転換
以前も書いた(1on1マネジメントがA&Rの成否を握る)通り、これからのマネジメントは社員一人ひとりに真摯に向き合うハードとソフトを備えなければなりません。似た価値観で同じゴールを目指すことができた昭和とは違い、ポスト平成では、人の数だけ価値観や目指すゴールも違い、働き方も選べるようになったのですから、1on1対応はできて当然と認識を改めましょう。
1on1マネジメントは、社員が生涯を通じて企業にもたらす価値を極大化できる仕組みです。優秀な人材にフォーカスし、生き方・働き方・志向がどう変わろうと、全て対応できるフレキシビリティを持ち、成果創出意欲が湧く報酬パッケージの提供は必須となります。ひとつの仕組みに全員をあてはめるこれまでの人事制度とは対極の仕組みです。
社員の自由な生き方・働き方を最優先する姿勢に徹することができれば、人材獲得競争における重要な差別化になります。社員の人生を顧みず、経営の指示命令を強いる古き悪しき人事ではなく、社員一人ひとりの心情と事情を汲み、成長を支援し、挑戦を促すステージを提供してくれる企業は、優秀な人材を惹きつける魅力を自ずと放ちます。
この本を読んでみよう
ダイヤモンドハーバードビジネスレビュー 2018年 7 月号 [雑誌] (アジャイル人事)
人事業務にアジャイル手法を導入する際に必読の一冊。精鋭の手になる論文だが、読みやすいので頭ではすぐ理解できるだろう。ただ実践段階ではフリーズ連発となること請け合いで、ベテランほど行動変容に難渋する。それを承知の上でチャレンジすれば、アジャイル化のメリットを享受できる可能性が高まる。定着化における最大の抵抗勢力は他ならぬ人事であり並大抵の抵抗ではない。トップのリーダーシップがなければ人事部門の改革は絶対成功しないとも読める。
ヤフーの1on1の類書で、how-to読本。「マネジメント」と銘打つならコア人事制度デザインについても言及して欲しかった感は否めないが、古き悪しき人事から脱却する一歩を踏み出す際の手引書としては読みやすくわかりやすい。ただ、本当に大切なのは、マネジメントが社員一人ひとりを尊重し、かけがえのない存在であると認識を改めることである。この本を読み進める際は、過度にhow-toに走らず、マネジメントの本質に関する洞察機会としていただきたい。
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